それは始まり。

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『───なぜ、わかったのかって?愚問だね。私にわからないものはないよ。虎太朗くん』 不意に出た自分の本名に眉を軽く吊り上げる。 『ああ、それとも今はコタ、と呼んだほうが良かったかな?』 おかしそうにくっくっと笑う電話の相手に知らず知らず溜め息が出ていく。 「そんな、ネコじゃないんですから…」 不満げな声をあげれば、何が可笑しいのかより一層聞こえる笑いを抑えるくぐもった声に、思わず電源のボタンに指が滑る。 しかし、 勘がいいのか、 『おおっと!私が悪かったよ。だから電源は切らないでくれ』 ストップが掛かる。 「……僕はこう見えて忙しいんですが、そんな無駄話をするためにわざわざ番号まで調べて掛けてきたんですか」 随分、お暇なんですね…と口から出るのは自分でもわかるほど辛辣な言葉。とても好意を抱いてる相手に言う言葉じゃないな、といつも後悔の念にさい悩まされるも、好きな相手を前にすると口が勝手に開くものだからどうしようもない。 自分でも、可愛くない性格だとわかってはいても口から出るのは捻くれた言葉ばかりで、可愛げの『か』もない。 だからかもしれない。 昔からそうだった。自分の意思もろくに伝えられず、周りに流されるだけ。自分に目立った取り柄もなく過去に家族にも見捨てられたのは。 ───だけど、そんなある日。トラブルに巻き込まれ瀕死の中、絶望から救ってくれたのは那智さんで。 自分が好意を寄せるのも必然だった。分かりきっていた。だけど、そんな自分の想いに蓋を閉めるように側を離れて、いろいろ諦めていたのになんでまた僕と関わろうと思ったのか。 あの人はいつもそう…。 こっちの気も知らないで、勝手なことばかりだ。 ――‥ だからこそ、今の自分がいる。 歪んだ心と人の優しさを持ち合わせた今の自分が───。
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