それは始まり。

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あの人は… 大人の余裕を見せつけるかのように、フッと妖しげに笑みを浮かべると、僕にその奥の鋭い瞳を向ける。 『……まぁそう警戒しないでよ』 指先で僕の髪の毛の先を掬うと、その一房に軽く口付けする。 「な……なに、を…、………つ、」 自分の心臓がドクンドクンと五月蝿く鳴り響く。 『ふふっ、キミは本当に可愛らしいね。私が思うに… キミはやっぱりネコだと思うね』 耳まで赤くなって… と低すぎない甘い美声を耳元で囁やかれ、思わずバッと右手で庇えばその憎たらしい垂れ目とかち合う。 『……まったく、これじゃあキミが私以外の人と浮気しないか心配だよ。愛らし過ぎるのも考えものだね』 ふむ、と少し考えるしぐさをする那智さんにカーッと熱くなる顔を誤魔化すようにパシッと手を叩いた。 叩いてから、ハッとする。素直になれない自分自身のもどかしさに表情を歪める。 だけど、 そんな僕の行動の何が面白いのか、那智さんは曲げた人差し指の先を口元に当てた。……漏れるのはクツリ、と笑う甘美な響きを含む声音で。肩を微かに震わせる那智さんは… そう、笑っていた。 「…っ、な、何がそんなに面白いんですかッ」 笑われたという羞恥と、素直になれない気持ち… それらが相まってつい反抗的な態度を取ってしまう。 けれど、 那智さんは垂れ目の瞳を薄っすら開けると、まるで見透かしたようにこちらを見据える。反射的に逃げようとした僕の腕を掴むと、そのまま体を引き寄せた。 「な、なに、……ッ!?」 その何もかもを見透かしたような瞳に、何もかもを見抜くようなその、細い瞳に… 見つめられると途端に抗えなくなる…っ 『───ほら、やっぱりキミはネコ派なんじゃないかな?試しに《にゃあ!》って鳴いてごらんよ』 顎をするり、と撫でられ艶やかなテノールの声に惑わされる…。その色気に充てられて、思わず口を開きそうになったけれど、ハッと我に返って、またその手を叩いた。 「ば… バカにしてるんですかッ!?」 いつもそうだ。 この人は大人の余裕を持っていて、いつも僕だけが弄られる…。 『キミのそういうところがネコにそっくりなんだよ。構えば構うほど、ツンツンして、素直じゃなくて… 弄り甲斐があって、つい虐めたくなる…』 私の性だよ、と言ってのけるこの男に、なぜ僕はこんな男に… 那智さんに惚れてしまったのか、本当にわからなかった。
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