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「それから、あれは卒業間際だったかな―――」
タカシは寺田がすっかり忘れていたようなエピソードまで饒舌に語った。
うんうん頷きながらも、寺田は奇妙な感覚を拭えずにいた。
まるで初対面の人間と話しているような・・
そんな居心地の悪さを感じ始めた頃。
「おっ、倉本じゃないか」
タカシは通りかかった男を呼び止めた。
眼鏡をかけた神経質そうな男―――生徒会長だった倉本和夫は一瞬訝しげな視線をタカシに投げた。
「久しぶりだな。校内一の天才君は、今じゃ代表取締役だってな」
タカシが微笑みかけると、はにかんだ様な笑みを浮かべ
「いや・・恥ずかしいくらいの小規模経営だから。
社長って言ったって雑用係りみたいなもんだよ」
「謙遜するなって。聞いてるぞ、近々東京に支店を出すそうじゃないか」
「そうなのか?」
寺田が驚いた顔をすると、ますます恥ずかしそうに首を縮めた。
「…まぁな・・」
暫し中学時代の思い出に浸る3人。
不意にタカシは会場の入り口の方に目を遣ると、口元を綻ばせた。
「待ち人来たりて」
小さく呟く。
タカシの視線の先には、顔色の悪い貧相な男が立っていた。
場の華やかな雰囲気に馴染めず、落ち着きなく辺りを見回している。
その仕草は飼育小屋で飼っていた兎を思い出させた。
「じゃ、またな。昔の話が出来て愉しかったよ」
タカシは一方的に話を切り上げると、ふたりの肩を叩き男の方へと足早に歩き去った。
首を捻りながら、その後ろ姿を見送る寺田に倉本が尋ねた。
「で、あいつ誰なんだ?」
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