テーマ:絶望

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 冷え固まった米を片側の頬に移し、困憊の息を余す事無く吐き出した。昔から、何かにつけて臆病な性分である。今更意識したところで変えられない。悩もうが、急ごうが、何も好転しない。   日々のルーチンをひたすら怯えの中でこなし、周期的に訪れる大嵐に成す術も無い。俺は自分自身に失望し、信じられなくなった。もう二度と、自分で自分を良く思ったりはしない。自信を持ちはしない、と、心に誓った。自分は自分の事が大嫌いだからだ。幼少期から何もかもに恵まれ、何の持病も無く、欲しいものを買い与えられ、勉学や、趣味や、進路のためだけに大金を否無く施され、それが当たり前と認知して不自由なく育った勝ち組に対する妬みに負けず劣らず、自分が大嫌いだ。自分の葛藤や努力、そして配慮を、最終的に自分自身で裏切ってしまうからだ。工夫をしても、俺は物事を忘れるのだ。確認作業をしても、見落としを犯すのだ。  失敗は数え切れない。それこそ、忘れるほど多く重ねてきた。  まるで害虫だ。  自分は他者を手伝おうと作業をすれば失敗し、いずれも配慮不足、知識不足として咎められ、逆に足を引っ張る。  自分は害があっても一理は無い害虫なのだ。  害虫は駆除しなければならない。  勝ち組は、2列並んだ長机の飲み会の席で、対面側の机に、彼らに背を見せて座る俺に対し、女を傍らに沿えつつ、片手の中指を立てた。 『それってどういう意味なの?』  と女が問うと、 『死ねって意味』  と、俺より二周り年の離れた勝ち組が答えた。  その勝ち組は仕事を正確にてきぱきとこなし、小さなミスも素早く“片付ける”事の出来る、薄っぺらなお気楽人生しか知らない人間には心底持ち上げられるタイプの男だ。勝ち組でさえ居ればこの世の中、多少の道徳心の欠如は何ら問題無いのだ。  その後の二次会で、男は女の肩に手を回し、ニヤニヤ笑いを浮かべて夜の街に消えた。  害虫は駆除され、彼ら勝ち組のためにネオンは明かりを灯すのだと、俺はこの時思った。  その、中指を立てた男の望み通り、世の中の利益のためにも、俺は俺を駆除しようと思う。  今、手元には睡眠薬と、練炭と、七輪がある。部屋は完全に閉め切り、換気扇は回していない。  ふと窓を見遣ると、お零れでもありがたく思えとでも言うように、街灯からの薄明かりが、窓に打ち付ける小さな波の数々を照らしていた。下へ、下へと。
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