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「この問題どうするんだっけ?」
放課後、夕日が差し込む教室で私は向かいに座っている彼に聞いた。
「これはさっきも教えただろ」
「そうだけどー。数字苦手なんだもん」
私は机の上にある教科書を睨みつけた。
「見てるだけじゃ答えは解らないぞ」
「見てるんじゃなくて睨んでるの」
「どっちも同じだ」
ぷく、と頬を膨らませて次は彼を睨んだ。
いつもテスト前になると丁寧に教えてくれるのは有難いし助かっているのは事実だ。けれども、苦手なものは苦手なのだ。
はぁ、と彼は溜息をついた。
「じゃあ、今度のテストで平均点を超えたら食べたがってた特大パフェ奢ってやる」
「え!ほんとに?!」
体を乗り出し詰め寄ると彼は少し驚いたように固まった。
すると私の頭に手を置き髪の毛をかき混ぜる。
「ちょっと!何するのよ」
咄嗟に頭を手で押さえるが既にボサボサだ。
「もう外も暗いから帰るぞ。続きは明日するから。家まで送る」
「こんな髪型で帰るとか最悪」
「帰るだけなんだから気にしなくていいだろ」
「帰るだけでも女子は髪型に気を使うの!」
急に素っ気なくなった彼に少し戸惑うが気にせずに答えた。
話しているあいだに机の上を片付け鞄を持って立ち上がる。
教室には2人しかいなかったので、会話が終わると途端に静かになった。
お互いに家から高校まで歩ける距離なので歩いて帰るが、その道中も会話という会話もなく何となく気まずいままだった。
「ねえ」
家まであと少しという所で彼に訊ねた。
「…なんだ?」
「いつも勉強教えてくれるけど、好きな人とかいないの?」
そう聞くと目を瞬かせてこっちを見た。
「急にどうしたんだ」
「何となくだけど、もしそっちに好きな人がいたらその人にも申し訳ないなあって。…今更だけど」
「ホントに今更だな」
「う…ごめ」
「言っとくけど」
謝ろうとした言葉を遮るようにして彼は声を張り上げた。
「わざわざ勉強を教えるのも、家まで送るのも、パフェを奢ろうと思うのも」
そこで言葉を切って私に向き直り、つられて私も彼の方を見た。
「お前だけだから」
え、と声が漏れた。
「だから俺に申し訳ないとか、思わなくていい。…じゃあな、また明日」
いつの間にか家の前だった。彼は振り返らずに来た道を戻っていく。
顔が熱い。きっと今の私の顔はさっき教室に差し込んでいた夕日と同じくらい赤いだろう。
静寂の中で、私の心臓の音だけがドクドクと音をたてていた。
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