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「お騒がせして申し訳ありません。すぐに退散しますので。」
「えっ?あ、いえ!そんな!お気になさらないでください!それよりもその…あの男性、大丈夫ですか?警察とか…。」
宮前が声を荒げたせいで集まっていた注目を、お金を払いながら店員に詫びる。不快な顔をされたらどうしようかと思ったけど、ぶんぶんと大きく手を振る店員の社交辞令と営業スマイルに助けられた。此処は妃奈扇のお気に入りのお店なのだ。出禁になったら敵わない。むしろ心配してくれるような優しい店員さんで良かった。女性の中でも身長の低い部類に入るだろう緩いウェーブのかかった茶髪の店員さんに笑顔だけで答え、親切ついでにその場で商品タグを外してもらった。
タグの外れたシュシュを受け取ると、チェーンと当たったプレートがかしゃりと鳴る。妃奈扇の元へ戻りながら髪を高く括る間にもかしゃりと鳴る。プレートは外す事が出来るようになっているけど、使いどころが限られそうだ。
「確かにあなたを彼氏にしたのは最悪だったけど、他だったら私、妃奈扇のセンス気に入ってるの。」
気合いを入れる為のポニーテール。つり目が更にキツくなるから今日は括ってなかったんだけど。友人曰く、睨んだ威力が結構すごいらしい。未だ所在なさげに立ち尽くしたままだった宮前が実際に怯んだ表情を見せたから、友人の言う通りなのだろう。
暫く時間が無くて放置していた髪の先端は肩甲骨を越えていて、私史上最長だ。ぶんと顔を振れば宮前をどこか遠くに振り払えるんじゃないだろうか。そう思ったらやってみたくなって、小さな口をぽかんと開けた妃奈扇の冷たい手を掴んで颯爽と踵を返した。
「行こ、妃奈扇。」
「う、うん。」
私史上最長でも、ロングとまでは呼べない髪は宮前にかすりもしない。だから結局サッカーや野球のボールみたいに飛ばすことは出来なかったけど、歩き出しても着いてこなかったから良しとしよう。
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