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第1章
『今度の水曜日、午前十時。あの時の桜の木の下で待っています』
とだけ書かれた手紙をもらった。
差出人は大友佳代子。級友だ。……いや、級友だった、かな。
中学校の卒業式からもう直ぐ一ヶ月。僕らはこれから高校生になる。
遅れていた桜の花がようやく咲いた、そんな四月の初めだった。
「あ、来てくれた」
桜の木が並ぶなか、そのうちの特徴のない一本の木の下で大友さんが手を振った。彼女は桜の花びらよりも濃いピンク色のワンピースを着て、記憶していたよりも髪を短くしていた。
側まで行くと、大友さんは改まって笑んだ。僕もそんな感じになる。
「来てくれた、じゃないよ。何月何日ときちんと書いてほしいし、そもそもどこの桜だよ、と言いたいな」
「立花くん」
大友さんは、右手の人差し指を僕に向けた。芝居がかった調子で。
「手紙を書いたからといって、直ぐに投函するとは限らないんだよ?」
「そうなの?」
なにか、都合があるってことかな。
「じゃ、場所の指定は? あの時の、とかじゃなくて。きちんと、どこそこの桜と書いてくれないと」
「私達に、他に接点のある桜の木はないよ。それに、ほら。ここなら、桜の花が咲いてもひと気はないだろうし」「確かに、そうかもしれないけど」
成る程ね。ひと気がないことも重要なのか……。
と、周りを見回した。
特別大きくもない桜の木が十数本ある。それらは小さな墓地と農道の間に植わっていて、他には田んぼがあるぐらいだった。だからだろうか、桜の花はまだ五分咲きだとしても、それなりの見応えはあるというのに、ここに人の姿は、ない。
もう一度、少しの間だけ墓地に目を向けた。
墓地のお墓は四十基ぐらいで、この辺りの限られた地域に根差したものだ。
この場所と僕らの接点。それは、中学二年の夏休みに学校行事として行われた、校区の戦没者墓碑の調査、だった。全学年で学級ごと男女一名ずつが選出され、くじで班分けをした。その時、僕と大友さんが同じ班になったのだ。ここは、僕らの班に振られた調査場所の一つだった。桜の木が植わっていることを話題に、なにか話をした記憶がある。
「覚えていてくれて嬉しい。電話をかけてきて、どこの桜? とか訊かれたらどうしようかと思った」
「うん。まぁね」
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