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しかし、蔵では、へっつい(かまど)もなかろうし、日差しが暗いだろう。家事が大変だ。
さっきの女の人が、きっと、お絹さんだろう。
先生のご妻女だろうか?
すると、先生は春の考えを読んだように言う。
「私は独り身でな。うるさく言う者がいないので、住めればいいのだ」
独り身と聞いて、春は、ほっとした。
「ほなら、お絹さんは、糸屋さんのおかみさんどすか?」
「そうだ。春、そなた、行くあてがないのだろう? ここにいては、どうだ? 糸屋夫婦なら快く承諾するぞ」
それは命令口調ではなかったが、否とは言えぬ力があった。
この先生、話しぶりと言い、すきのない身ごなしと言い、武家の出ではないだろうか。
それも、そうとう身分のあった者らしく思える。
見れば、まだ二十五、六という若さなのに、どうして二本差しをすてたのだろうか。
春はおとなしく、うなずいた。
「はい。ご迷惑でなければ……」
「迷惑などではない。私のそばにいるほうが、そなたは安全なのだ」
謎のようなことを言って、先生は微笑した。
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