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京の都は寝静まっていた。
草木も眠る丑三つ時。
月初めとは言え、如月にはめずらしい、息も凍りそうに寒い夜だった。
季節外れのぼたん雪がふっていた。
人影のない通りにも、うっすらと雪がつもっている。
ひとけのない通りを娘が一人、走っている。
年は十六、七。
きゃしゃな体つきの、たよりなげな娘だ。
顔立ちも、なかなか美しい。
だが、ぬれたような黒い瞳には、恐怖の色がある。
吐く息も白い寒空だというのに、長じゅばん一枚、足袋裸足で雪をふんでいる。
しきりに背後を気にしているのは、追われているからだ。
走りとおして半刻?
いや、一刻はたっただろうか。
追っ手の姿は、いちおう見えなくなった。
もう逃げきれただろうか?
だいそれたことをしてしまった。
誰も知らぬのをいいことに、お城を逃げだして……ほんとに、うまくいくだろうか。
すぐにウソがばれて、今よりもっと困ったことになるかもしれない。
第一、これから、どこへ行くあてもないのに。
だが、そこで娘は首をふった。
(これで、ええんや。あのまんま牢獄のなかで暮らすより、たとえ、ここで行き倒れても、そのほうが、うち、なんぼか幸せ)
ようやく望んだ自由を手に入れたのだ。
そう思えば、心もはずむ。
ただ、それも、今このときを無事に逃げきれたらの話だ。
見つかれば、殺される。
助けを求めに帰っても殺される。
それなら、逃げきるしかない。
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