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大きな屋敷のならぶ通りだ。
始めは東に向かっていた気がするが、すぐに追われていることに気づき、やみくもに走りまわった。
今はもう、どのあたりを走っているのかさえ、わからない。
足どりはふらつき、ぬれた足袋が足さきの感覚をマヒさせる。
ただ、自分が南へくだっているのだということは、遠くの空が、ぼんやりと光っていることからわかった。妖しい橙色の光だ。
あれが話に聞く出門町というものだろう。
七条大門より南は地獄というが、ほんとうだろうか?
南蛮人や紅毛人が大手をふって歩いているというくらいは、まだ信じられる。
だが、遠く江戸や蝦夷地まで、またたくまに旅ができる“すてえしょん”だとか、空飛ぶ乗り物だとかの話は、とても信じることができない。
それに、何より恐ろしいのは、出門さまーー
そのひびきには、どことなく不吉なものがある。
出門さまは若い娘の血肉が大好物で、夜な夜な、闇にまぎれて娘をさらうのだとか。
都で神かくしがひんぱつするのは、きっと、そのせいだろう。
(もし今、出門さまに会うたりしたら……)
出門というのは、南蛮渡来の物の怪のことだ。
そんなこと、誰もが知っている。
尊王攘夷、倒幕の気風の吹きあれた激動の時代。
出門さまは、どこからか現れた。
そして、みごとに、えげれす、おらんだ、めりけん、ふらんすの四国艦隊を下関で撃破した。
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