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それから数週間後。そろそろ夏が近づいてきて、来週あたりから梅雨に入るだろうという頃に事件は起こった。
前回のことからすっかり立ち直ったものの、新しい彼女をつくる気になれなくて飲み会や合コンを断っている。最近のお楽しみはお気に入りの監督のAVを見ることで、仕事とジムと家が行動範囲だ。
「でっか……これまじでギリギリだろ」
日中とは違う夕方の生暖かい空気を感じながら、トラックの荷台を見つめる。そのダンボールは薄暗い荷台の中で、でんとラスボスのように鎮座している。
普段軽量トラックの俺が配達するのは冊子類や小包ばかりで、大きい荷物は扱わない。だが昨日大型トラックが一台故障したため、通常では扱わない荷物も他のドライバーに割り振られているのだ。
――「これぐらいならギリギリお前のトラックでもいけると思うから頼むよ。今はわりと暇だから積めるだろ?」
非力に思われたくはないけれど、万が一落として弁償になったらと思うとそっちの方が恐ろしい。断ろうか悩んでいたところ、宛名を見ると犬飼だった。
あの偶然の昼食の後から世間話をすることが増えて、以前よりも配達に行くのが楽しみになっている。他のドライバーに任せたら、俺は非力ですと間接的に伝えるようなものだ。
「っしゃ。やるか」
両頬を叩いて気合を入れた。ここで諦めたら男が廃る。
(――つっても、重っ)
抱えた時はこのくらいなら余裕だろうと思っていたけれど、実際三階まで上がる頃にはゼイゼイと肩で息を上げて足元もフラフラだ。
しかも伝票には「精密機械」なんて書いてあるものだから、尚更落とすわけにはいかない。
今までそんな重要そうなものを運んだことはないが、落として壊れたりすると基本的にはドライバーが弁償しなければならない。つまり、俺だ。
初めて会った時に、重かったら取りに行くと言われていたけれど、俺だってプロなのだしこのくらいまともに運べないでどうすると思っていた心が、揺らぐぐらいにはしんどい。
「ああ、もうやべえ……」
三階まではなんとか無事に持ってこれた。痺れてくる指先に限界を感じて、少し息を整えるためにも一旦下ろして持ち直そうかと悩んでいると、急に一メートル先の犬飼家のドアが勢いよく開いた。
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