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 実際やったことがないから詳しくは知らないけれど、この様子では弁償だけでは不満ということなんだろうか。 (どんだけ貴重なものだったんだ……)  じわりと冷や汗が背中を伝う。 「ふうん」 「あの! 俺が弁償しきれないほどの額でも会社が肩代わりはしてくれるんで、そんな高くても……逃げたりはしないんで……あの、一体いくらぐらいの物ですか」  重苦しい空気に耐えられなくて声を上げると、彼はようやくキッチンから顔を覗かせた。腫れていた左頬に保冷剤を当てている。 「ああ、そうだね。ううん」  彼は少し落ち着いたのか、先ほどよりいくらか柔らかな表情で俺を見た。戻ってきて改めて座ると、首を傾げながらダンボールに手を置く。 「これはね、まあそこそこ高いんだ。多分払えない金額じゃないけどね。でも、どうかな……カナタくんが困るなら、報告も弁償もしなくていい」 「……え?」  一瞬聞き間違いかと思った。けれど犬飼は俺を見て頷く。 「俺には今困ってることがあってね、それをカナタくんがしてくれるなら相殺ということにしてもいいと思うんだよ」 「困ってることって……」  緊張が復活してきてドクドクと脈打ち、鼓動がこめかみを圧迫する。  俺は今までも女の子みたいな見た目だからという理由で、同級生や先輩、上司に茶化されるターゲットになりやすかった。大抵は「今度デートしよう」とか「本当にちんこついてるのかよ」とか軽いもので、それは「女の子っぽい見た目」を茶化されてきただけで彼らがホモってわけじゃない。  けれどこの展開、男なら誰でも想像がつく。 (エロ漫画でよく見るやつだ……!)  弱みを握られてエロいことされるやつだ。  俺はホモじゃないけど、そういうお決まりの展開は知ってる。性別問わずあるやつだ。でもまさか自分の理想の男ナンバーワンからそんなこと言われるなんて、想像したことがなかった。  今気づいたけれど、ほとばしる彼のフェロモンはやはり女に向けてあって、俺の中で犬飼という男はいっそ性欲とは正反対の、神聖ともいえる存在だったのかもしれない。その彼がそんな提案をするなんて、ちょっと、いやかなり衝撃的だ。
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