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「お疲れ様です」  さっき来た時のピリピリした空気が嘘のような緩やかな雰囲気。  プライベートで会うのは二回目だけれど、この前より関係性が随分おかしくなっている。 「さっきはあんな事言っていたけど、本当に後悔してないかい? 撤回するなら今のうちだよ?」  早速どれを食べようかとウキウキしていたところにそんな声が届く。視線を上げると少し緊張したような顔で、俺を見つめる視線があった。その瞬間、今までの迷いが吹っ飛んでいく。 「しません。あ、犬飼さんがいらないっつーなら別ですけど」 「俺? 俺は、……君がいてくれたら助かるよ」 「じゃあいいじゃないすか」  本当はついさっきまで早まったかもと内心後悔していたけれど、犬飼が俺を必要としてくれる視線を感じると、優越感が勝ってしまうようだ。 「カナタくんは決断力あるね」 「そ、そんなこと、ないっすけど!」  またもカアッと顔が熱くなるのを感じながら、マグロの旨さを一瞬たりとも逃すまいと噛みしめる。こんな贅沢なもの高校卒業して以来だ。 「ふふ、もしかして寿司好きだったかい」 「んっ、……そんな顔に出てます?」 「幸せそうな顔だね。一人暮らしなんだっけ」 「そうっす。高校卒業してすぐ家出たんですけど数年友達とシェアして、就職決まって一人暮らし始めたんで、まだ半年ですね」 「へえ。実家は近いのかい?」 「電車で三十分すね。犬飼さんは実家はどこにあるんですか?」 「ううん。田舎だよ」  聞いてはいけないことだったのだろうか、ここで初めて犬飼は少し言い淀んだ。 「あ、あの、そういえば犬飼さんの仕事って何ですか?」  気まずい雰囲気を変えるために咄嗟に口を開いたけれど、さっきの反応ではこれも同じく言いにくい話題だったかもしれない。けれど犬飼はああ、と思い出したように笑う。 「ううん……小説を書いてるよ。売れてないけどね」  荷物の宛名からやっぱりという思いが強いけれど、それを言えば伝票を盗み見ていたと思われそうだから黙っておこう。
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