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「ただいまーっす」
仕事中だった時のためになるべく小声で中に入る。
最初は「こんばんは」がいいのか、「お疲れ様です」がいいのかと悩んだけれど、先日出かける時、たまたま犬飼にいってらっしゃいと言われた。それならただいまだろう。
(ん? 暗いな)
いつもは電気もついている時間なのに、部屋の中は真っ暗だった。施錠はされていないから出かけてはいないだろうが。
「寝てんのかな……ってうわ!」
台所の電気を手探りでつけると、目の前に広がる光景に絶句した。リビングから台所に向かう途中に巨体が倒れていたのだ。
「えっ、ちょっと犬飼さん! まじかよ、いつからだよ」
頭を打ってるなら下手に起こさないほうがいいだろう。とりあえず生きているかだけ確認しようと跪いて彼の胸に耳を当てた。
「……生きてる。よかった……うわあっ」
ゆっくりとした鼓動を確認して、じゃあ呼ぶのは救急車かなと思っているとその頭を抱きかかえられる。動かないと思っていたから、ゾンビに捕まったような衝撃に思わず悲鳴を上げた。
「い、犬飼さん起きてんすか!」
「ん、いや、カナタくんの声で目が覚めた。……君あったかいね」
そりゃ床よりはあったかいだろうが、そうじゃない。
「いつからこうしてたんすか」
電気がついてない時間からなら軽く四、五時間はこうしていたことになる。こんなことなら西沢と飯なんか食べていないで、さっさとここに来ていればよかった。
「どっか痛みますか? つーか動けるんすか?」
頭を抱きかかえられている状況は恥ずかしいが、原因が分からないから、強引に腕から逃げるわけにもいかない。
服に染み付いた独特のタバコの臭いが鼻をつく。
犬飼はまだ少しぼんやりとして、無意識にだろう俺の頭を撫でた。
「……半乾きだ」
「ああ、シャワー浴びてきたんで。って、そうじゃなくて。救急車呼びますか?」
「いや、いいよ。多分原因は、」
話の途中で耳を当てていた彼の体から、ぐるるるとマンガみたいな音が鳴り響く。
「……いつから食ってないんすか」
「あー、ううん」
「朝は? 昨日の晩は?」
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