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ヒゲはほとんど生えない。体毛も薄くて、本当に未発達な、子供のままのような体が鬱陶しくて憎かった。おまけに――
「……うぷ」
腹から急激に込み上げてきたものを抑えながら個室に駆け込む。
「う、ええ……」
間一髪のところで便器の中に胃の中のものを吐き出すと、喉がヒリヒリする。
俺は酒に強くない。旨さも分からない。ビールジョッキ半分でも顔は赤くなるし、思考は鈍るしすぐに吐きたくなる。おまけに代謝が鈍いのか大した量でもないのに次の日に残るのだ。
(酒もまともに飲めねえとか)
けれど飲みの場で飲まなかったら、女っぽいとバカにされるんじゃないか。そう思うと無理をしてでもジョッキを空けてしまう。
自分の望む男らしさとはとことん相性が悪い体だ。
(……あの人ならこうはなんねーんだろうな)
ふと記憶を辿りかけた時、背後に人の気配がした。
「あーやっぱり。長崎またやってんの」
「ううえ」
西沢の呆れた声が響いた。
俺が皆に隠れてトイレで吐くのはもう恒例になっている。彼には前に一度見られたから、様子を見に来たのかもしれない。
「吐くなら無理して飲むなよなー」
「うう……」
背中を摩られると刺激されたのか第二波が襲う。
西沢は俺よりも十センチ以上は背が高いし、顔も男っぽく全体的なつくりが荒い。元運動部らしい鍛えられた体型で、俺とは積載量が倍以上の大型のトラックを扱っている。他の飲み会参加者もそうだ。時間帯が安定しているからという理由で選んだ軽量トラックの運転手は俺くらい。他は大型トラックばかりで、だからせめてこんなところでは舐められないようにと、虚勢をはっている。
(俺だってそんだけのタッパがあれば、男らしい顔だったら、ヒゲ生やしてたら、こんな無理しねえ)
苦いアルコールと、煙たい煙草臭さと、冷たいトイレの床を感じながら夜は更けていった。
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