1056人が本棚に入れています
本棚に追加
.
(うー、あったま痛え)
男の多い職場なだけあって仕事終わりの飲み会は週に何度もやっている。
最近は彼女を理由に断ることも多かったけれど、今はその理由もなくなり、昨日は断りきれずに参加したのだ。
久しぶりに味わう二日酔いに、コーヒーをがぶ飲みして、それほど多くない業務をこなした。夕方にもなれば終わりも見え、堪えていた疲れもどっと押し寄せてくる。
「ここで最後か。よしっ」
目の前には夕日に照らされる築五十年は越えているだろう絶妙な古さを備えた五階建ての建物。
なんとエレベーターがついておらず全ての荷物を階段を使って運ばなければならない。周囲に学生向けの安いオートロックのアパートがたくさん建ったせいか、入居者は三階までしかおらず、俺としてはこれ以上上の階に入居者が増えないことを祈るばかりだ。
「残りはえーっと、……あ」
最後にまわしていた荷物は数個だ。揃って時間指定がない同じアパートの荷物をまとめて出すと、見慣れた名前を見つけて手が止まった。
――犬飼貴之。
月に二回くらいのペースで届けるお客さんだ。
あまり話したことはないが、俺の「理想の男」をそのまま形にしたような見た目と雰囲気で、秘かな憧れだ。いつ行っても不在の時があまりなく、発送元が出版社だったりするから小説家か漫画家じゃないかと想像している。
犬飼の方は俺のことを認識しているか分からないけれど、その姿を見れると思うと、一時疲れも忘れて心がほんのり浮足立つのだ。
改めてキャップを深く被った。まともにドライバーの顔を見るお客さんなんてほとんどいないと思っているし、誰にも指摘されなかったけれど、憧れの存在に二日酔いの顔を見られるのは少し抵抗がある。
ブザーを押す手が緊張する。
少しの間があってドアから顔を覗かせたのは、理想の男こと犬飼貴之だ。
最初のコメントを投稿しよう!