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「あ、……犬飼さん」  部屋にいる時より少しだけ整った服装に、いつもはハーフアップの髪をすっきりと一つにまとめている。  同じ土地に住んでいるのだから会うこともあるだろうが、今まで外で会うなんて考えたこともなかった。 「こんにちは。偶然だね」 「ああ、はい」 「急いで飛び出したら危ないよ」 「そう、すね。すいません」  店の方を振り返る。窓際に座っていただろう美恵の存在を思い出したからだ。追ってくることはないだろうが、急いで店を出て人にぶつかるなんて見られていたらカッコ悪すぎる。早くこの場から去りたい。 「そうだ。長崎くん、この後予定あるかい?」  すると突然、犬飼は思いついたように笑った。 「へ?」 「ちょうど昼時だからね、暇なら一緒にご飯でもどうかな」  連れて来られたのは、喫茶店からほど近く、人気のない裏路地に入ったところにあるこじんまりした定食屋だった。二十人も入らなそうな木造の店内は騒がしすぎず静かすぎずで居心地が良さそうだ。  一人では外食をあまりしない俺にとって、こういう飯屋は新鮮だった。  何より、密かに同性として憧れている人とご飯というシチュエーションが、下がりまくったテンションを一気に別次元に連れて行く。目の前にいて、机を囲んでいるというそれだけでも、なんだか夢のようだ。 「あの、ありがとうございます」  おそらく俺がその場から離れたがっているのを察してくれたから、連れ出してくれたんじゃないかと思う。なぜならあの喫茶店は外観がファンシーで、どう見ても男一人が行くような所ではないからだ。  しかし犬飼はいかにも分からないという風に笑った。 「ん? ふふ。いや、誘ったのはこっちだからね」  注文を済ませてからお冷に口をつけると、知らず緊張していたのか、喉が渇いて一気に飲み干した。その様子を見て犬飼は目を細める。 「あ、すいません」 「いいよ。それに今は仕事じゃないんだし、敬語じゃなくてもいいんだけどな」
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