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(俺は犬飼さんに期待してたんだ。あの人に憧れの人を重ねて、でも裏切られたから悲しいんだ)
もし最初から、小説のモデルになってくれと言われていたら、今こんな気持ちを抱えていなかったのだろうか。いくら考えても、その答えは分からない。
金森は湯気で曇った眼鏡を鬱陶しそうに外しながら頷いた。
「いや分かるよ。あの見た目じゃ男でもくらっとくるよな。俺はないけど」
「え、いや、そういう話じゃ……」
俺が焦って否定しても、彼の口は止まらない。
「待て待て。そりゃあさ、初恋の女の子想像しながらシコシコ小説書くとか、それだけ聞いたらただの変態よ。フォローのしようもねえ。でもさ、カナタくんにはカナタくんの良いところがあってさ」
「え?」
金森を止めようとしていた思考が、ふと聞き逃せないキーワードを耳にする。その様子に気づいたのか、金森は顔を上げた。
「初恋の……なに?」
「え? あいつの本。本読んでなかった? あれ全部あいつの初恋の女の子の話なんだよ。その子が忘れられなくてあいつ小説にしやがった。イカれてるよな。思い出の中のほんの一瞬しか会ってない女の子との妄想」
(だから相手はいつも似た雰囲気の女の子だったのか……いや、それならあれ全部願望ってこと?)
それはそれで恐ろしい熱意だ。
「まあ今回のは意外だったな。その話をBLでも書くなんてさ」
「ま、待ってください。その話って?」
立て続けに新事実を聞かされて、俺はまともに考えることが出来ない。
「新作、読ませてもらってない? まだ兄貴の下で働いてた時に出張でさ、ここら辺まで出てきてた時にたまたま女の子助けたんだって。今回はその話を書いたんだよ。でも初恋の子を男の子にしちゃうなんて意外だったなー。オジサン、最初にカナタくんと会った時てっきりその子を見つけたのかと思っちゃったんだよね。ごめんごめん。でも話してて思うけどカナタくんあいつよりずっと男らしい。本当、黙ってる時はまじでキャワイイ女の子かと思ったけど喋ると普通に男だもんな。でもそのギャップがいいと思う」
後半の話はほとんど頭に入ってこなかった。
金森の話を反芻して、三ヶ月前にさらっと読んだだけの小説の内容を思い出そうとした。
(……女の子を助けた……それって)
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