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 犬飼は苦笑して俺を見る。 (あ……、この顔)  半年前。出会った時の姿が過ぎる。  引っ越してきたばかりで土地勘がまるでなくて、トラックについていたナビもうまく操作できなくて、仕事中迷子になったことがあった。時間指定のついた荷物がたくさんあるのに各所で時間がかかって、どんどん後の荷物の配達時間がずれこんで、予定より何時間も遅れて、焦っていた時に初めて犬飼に会ったのだ。 ――「あれ、井上さんじゃないんだね」 ――「あ、あの、今日からこの地区の担当になった長崎です! 遅くなってすみません!」  当然遅れて配達するのは厳禁だ。他のお客さんにも散々怒られたばかりで、その時も罵声を覚悟して頭を下げた。なのに降ってきたのは怒鳴り声ではなかった。 ――「初めてか。ここはエレベーターがないから大変だろう。もし荷物が重かったり多かったら電話して。下まで取りに行くからね」  顔を上げた時、見た顔が今みたいな苦笑だった。  不便をかけるねと、困ったように笑った顔。  その声に、顔に、思わず込み上げるものを感じて唇を噛んだのだ。  思わぬ人の優しさに触れて、その姿が思い出の中の人物と重なった。その時から、犬飼は密かな憧れの人なのだ。 「いや、……敬語は、学生の頃からのクセなんで」 「へえ。運動部かい?」 「バスケ部っすね。犬飼さんってガタイいいすけど、何かスポーツしてたんですか?」  対面に座る犬飼の二の腕は、さほど力を入れているわけでもないのに分厚くて筋肉の隆起が見える。  俺は時間があればジム通いしているけれど、元々筋肉がつきにくい体質なのかそれほどゴツくなってくれない。  コンプレックスも多少なら嫉妬も湧くだろうが、これほどまで明らかに、違う生き物のような圧倒的な違いを見せられると、ただ純粋に羨ましい。憧れてしまう。 「むかーしね。大学の頃にラグビーやってたよ」 「ラグビーかあ……今は特にジムとか行ったりしないんすか?」 「ううん。歳も歳だからたまに筋トレするぐらいかな」  たまの筋トレでこれほどの肉体をキープできるなんて、前世でどれだけの徳を積んだらこうなるんだろう。 「いいな……」
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