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「いや、待ってください! 俺にそんな気ぃ使わなくていいんで、そんな大した用あったわけじゃないし、今日はもう帰ります!」
俺自身、計画してここに来たわけじゃない。だから彼が仕切り直すなら、俺も仕切り直したかった。けれどすぐにドアが開く。
「帰らせるのは……悪いから、とりあえず入ってくれるかい」
「……はい」
一瞬は家に帰る決意をまとめたのに、そんなことを言われてしまっては頷くしかない。
三ヶ月ぶりに入った犬飼家は、ゴミが多く片付いてもいない。まさに男の部屋になっていた。
(あ、れ……?)
まるで浦島太郎にでもなったような心境で、玄関から一歩も踏み出せないでいると、奥で着替えをして髪をまとめ、少し見慣れた姿になった犬飼が顔を出した。
「ううん。君が来るってわかってたら片づけたのになあ」
気まずそうに笑う。その表情がふと美和と重なった。
(もしかして、この人も装ってたのか?)
美和が人前でぶりっ子するみたいに、俺が男らしい彼氏を演じてたみたいに。犬飼もスマートな大人を装っていたのかもしれない。
(……なんだ、そっか。大人でも、そういうことするのか)
そう思ったらなんだかほっとして、余計なものを踏まないようにして部屋に入った。
リビングはキッチンよりは物がなく、所々に脱ぎ捨てた服と洗濯した服が混在しているくらいだ。
俺は勧められるままソファーに座り、机を挟んだ反対の床に犬飼が腰を下ろす。
「えっと、それで今日は、どうしたの?」
ぎこちなく犬飼が口を開く。部屋や犬飼の変わりように驚いて忘れかけていた緊張感が蘇ってきて、俺は俯いてしまう。
「あの、……」
何て言えばいいんだろう。何から話せばいいんだろう。考えるほどに頭の中は真っ白になって、両手を握りこむ。
「うん」
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