第0話/蕪無 薫「始まりで躍れ」

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 先生は、僕に大人になれって云う。いつまでも、子供気分じゃ困るって。  出来ないよ。大人の振る舞い方だって分からないのに。  僕は子供なんだから、子供にしかなれないよ。  望んでなくたって、時間だけは過ぎていく。お腹はすくし、眠くもなる。  身体だって大きくなる。大人になっていく。  ならなきゃいけない大人へと。人生って強制スクロールなところがあるよね。 「……先生は大人なんですか」  ついつい、反抗的な目で云っちゃった。でも、先生はあんまり怒ってる感じがしないな。 「私はね、大人ってのは、大人の振る舞い方を身に付けた子供の事だと思ってる」  持論かな。故宿先生の。  つい、漏れ出ちゃった感じの本音。生徒には、あんまり聞かせたくはなかったのかもね。  だって、先生は人間の本質を子供だと思ってるんでしょ?  身に付けたもので、人は大人になるんだって。でも、根っこのところじゃ、皆、子供。  大人になることってファッションなの?  ジャラジャラ身に付けたアクセサリーが大人にしてくれるわけ?  ケダモノよりかはマシってか。笑える。  滑稽だなー。世界も社会も人生さえも。  笑えてくる。  ああ、もう。滅茶苦茶だ。  滅茶苦茶だよ。  感情も。表情も。 「今日はもう帰れ。そんな顔をした奴に、何を云っても無駄だ」  決めつけんなよ。無駄とか。  価値を。 「むかつく」  先生が笑った。酷く自虐的……自嘲的な笑みだったせいだろう。  先生の笑顔を見た瞬間に衝動が萎縮したのは。
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