1話 沙織ちゃん、敷女を目指す、かも?

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1話 沙織ちゃん、敷女を目指す、かも?

■沙織ちゃん、敷女を目指す、かも? ここは、室山市香枚井。県庁所在地の北の玄関口に当たる。ここ、香枚井中学校校区にある、小洒落た洋菓子店、パティスリー・高槻洋菓堂というお店に、中学三年生になる、高槻沙織という少女がいる。九〇歳になろうとする元祖、パティシエの祖父・祖母をはじめ、店を切り盛りする父母と、現在、高校二年生の姉・紫織と、沙織の六人暮らし。つまり、沙織は末っ子で、天然ボケの母や姉のツッコミ役として、普段から何かと頑張っている。 母の恵美は、室山県立敷島女子高等学校のOG。姉の紫織は、同じく敷女の二年生。なので、両親から……いや、母や姉からは「あんたも敷女行きなさいよ」と普段から、ほんわりと、しかし、真綿で首を絞めるように、徐々にプレッシャーをかけ続けられていたのだった。事実、香枚井中学校では、三者面談の時にも、将来の進路を、母親が勝手に「娘を、敷島女子に絶対に入れたいと思います」……などと言うものだから、親と姉に敷かれたレールを、黙々と歩まざるを得なかった。 だが、沙織は英語と体育以外はからきしダメで、とても偏差値六〇の敷女へ通うなんて、無理に決まっている。そう思い込んでいた。非常に悩んでいた。「わたしなんか、敷女なんかに受かりっこない……」と、日に日に悩みは深くなって行くのだった。ある晴れた昼下がりの日曜日、高槻家のリビングにて。沙織は母と紫織とで、ソファーに座りながら、手足バタバタ、涙ボロボロで、反抗期むき出しで、何故だか怒っていた。 「やだやだやだやだー! 敷女なんて行きたくなーい! 絶対無理! 一〇〇%無理! 無理無理無理無理-!」 「あら沙織。地団駄踏んでも無駄よー。だって、もう、家庭教師たのんじゃったんだもの。ふふふ」 「ママ! 余計なことしないでっ! わたしは近所の県立香枚井高校で、三年間、共学で過ごしたいの! いきなり家庭教師って! きっと、ガリ勉おたく連れてくるに決まってる! やだ、やだやだ! 絶対に嫌!」 「沙織、敷女って結構過ごしやすいよー。男子の目を気にすることもなく、フリーダムな世界! 絶対に後悔させないってば、おいで!」 「お姉ちゃんは、ただ単に性格が百合なだけでしょ! 一緒にしないで! ああっ、もう! 女子高と言えば、同性愛……げっ、想像しただけで気持ち悪い……」 「沙織? 家庭教師を、あなたの大好きな、霜田拓也さんに頼んでおいたから、よろしくしてあげてね?」 沙織は泣き止んだ。霜田拓也。彼は、今でこそ地元私鉄「紅葉野電鉄」略して「紅電」の香枚井駅係員だが、幼い頃は、近所の児童公園で遊んでいた仲だ。本当のところ、沙織にとっては初恋の人。幼心に「おおきくなったら、たくやお兄ちゃんのお嫁さんになるの!」とまで言い切ったことがあった。霜田拓也。彼は、葱州長坂駅が最寄りの県立室山工業高等学校機械科卒。学校推薦で地元私鉄に入社した、比較的クレバーな男だった。 「え? 拓也お兄ちゃんが、カテキョ?」 紫織や恵美が、さらにたたみかける。 「そうだよ。霜田さんなら、あなたも抵抗ないでしょ。だったらそうしなよー。ほら、わたしのお下がりのセーラー服あげるから、ほーら!」 「ぐえ! そんな汗臭いボロボロのなんか、いりません! でも、拓也お兄ちゃんかぁー。ちょっとかんがえておく」 「あらまあ、やる気になってくれたのね! お母さん安心!」 「安心させた覚えはなーい! あくまでも、絶対に、県立香枚井高校で、健全な青春を過ごすんだもん! レズで百合なお姉ちゃんとは、絶対に合わない! タイプが違う! わたし、共学がいいんだもん!」 「どこまでも意固地ねえ……あ、もうじき、霜田さんが朝番の勤務を終えて、うちに来る頃ね! ケーキとお茶で出迎えなきゃ! お母さん、ちょっと支度してくるから、霜田さんに、『わたし、ちゃーんと敷女に行きます!』って言わないと、お小遣い抜きですからね」 「ちょっと! お母さん! ひどいー!」 「まあまあ沙織、おねえさまの後、ついといで! 先輩としてみっちり指導するから! よろしく!」 「よろしく! じゃなーい! 勝手に決めないでー! それから……」 ping... pong... 「噂をすれば、ほら来た! 沙織! 玄関まで行っといで! わたしも行くから!」 「なんで一緒にー? お姉ちゃんのバカ! この、裏切り者!」 「はーい、どちら様? 霜田さんですか? 今から開けますねー!」 「……」 玄関ドアを開けると、そこにはネクタイにカッターシャツ、制服のオリーブ色のズボンを履いた、イケメン……という程整ってはいないが、容姿そこそこ格好いい、7等身男子がそこにいた。彼こそが、沙織の初恋の人、霜田拓也だった。紫織が彼を招き入れる。 「どうぞー、いらっしゃーい! お待ちしてました!」 「どうも、こんにちは。僕が家庭教師で良かったのかなぁ」 「大変助かりますー! この子にお勉強教えてあげてください! さあさ、二階へどうぞ! 沙織の部屋へGO!」 「もう、お姉ちゃんったら!」 「沙織ちゃん、今日は何でぷんすかしてるんだい?」 「あのね、聞いてよ! 百合族のお姉ちゃんが、敷女にわたしを入れたがって……むがっ!」 紫織の手が、沙織の口を塞いで、沙織は何か不平不満をモゴモゴ何か言いたそうだったが、紫織は有無を言わさず階段を引きずって、沙織を無理矢理勉強部屋へ連れて行くのだった。     
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