2話 とにかく何とかする女子中学生たち

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2話 とにかく何とかする女子中学生たち

■沙織のお勉強タイム!  わたしは高槻沙織。中学三年生になりました。市立香枚井中学校に通っています。とても賑やかな、香枚井駅前からバスで少し東へバス道を自転車で走ると、おじいさんと両親がやっている洋菓子屋さんがあります。「パティスリー・高槻洋菓堂」という、古風なネーミングセンスは、おじいさんが考えました。わたしは、そこの娘です。ひどい百合属性を持つ、姉とふたり姉妹です。 まだ、世の中の広さも、大人の事情も、何にも知りません。ただ、いまは漠然と、両親に従って、将来は、洋菓子屋さんを継ぐのかな、と思っています。 得意教科は、体育と英語です。それ以外は、とてもついていけなくて不安です。お母さんが、敷島女子高校の卒業生で、同窓会があると、いつもおめかしして出かけます。とても楽しそうに酔っ払って帰って来ます。なので、お母さんは、わたしを、その敷島女子高校に入学させたがるのです。「あなた、わたしの子なんだから、敷女ぐらいは出ておきなさいよ」と、口酸っぱく言います。そんなにいい高校なのかな。わたし、勉強ついて行けるかな。そう思います。 見るに見かねた両親が、わたしに家庭教師をつけることにしました。それは、小さい頃からの幼なじみで、二十四歳になる、霜田拓也さんです。紅電の香枚井駅で、駅員さんの見習いをしています。おつとめは、朝からいないと思ったら、もう昼には帰って来ている。そんなこともあれば、昼から真夜中まで、駅員さんをしている時があります。お休みは滅多にもらえないらしく、とてもしんどそうです。 そんな多忙な霜田さんが、夜勤のないときに、わたしの勉強を見てくれます。工業高校卒業と聞いて、最初は、えーっ、と思ったのですが、よく考えれば理工系で、理科や数学とかはめちゃくちゃ詳しいです。もっと詳しいのは、メカらしいのですが、わたしにメカを教えられても困っちゃうなあ……。かといって、高校二年生の霜田 翔さんに聞くわけにもいかず……。 うわあ、もうじき霜田さんが、家庭教師をしにこちらへ向かってきます。内心、どきどきです。歳が十個も違う男の人です。幼馴染みとはいえ、緊張しないはずがないじゃないですか。 「こんばんは、霜田です」という声が、一階の勝手口の方からして、お母さんが出迎える。「あらまあ、ご苦労様」という声が聞こえる。飲み物とお菓子を持って来たお母さんと、霜田拓也さんが、ドアを開けて入って来た。 「沙織、霜田さんが来られたわよー」 「こんばんは」 「沙織ちゃん、こんばんは。今日の宿題は何?」 「数学の、連立方程式です」 「あ、そんじゃ、オレ、わかるよ、心配ない」      ◇ ◇ ◇ 「えーっと、これを移項して……イコールを挟んで移項すると、プラスマイナスの符号が入れ替わるよね。そうやって、移項できるものは移項して、足せるものは同類どうし足して、簡潔に式を整理してから、Yに値を代入すれば、ほら、Xの値が求まった。これを、上の式に代入して、Yの値を求めると、ほら。解けた」 「ね、ねえ、霜田さん……?」 「何かな、沙織ちゃん……」 「近いっ! 顔が近いっ!」 「ああ、ごめんごめん、き、緊張させちゃったかな」 「緊張どころじゃありませんよー」 「ごめんごめん、つい計算に夢中になって……」 「けほんこほん。じゃあ、霜田さん、きりのいいところで、お茶しましょう」 「そうだね、冷めちゃうし」 少し冷めた紅茶で、一息入れたわたし。そういえば、前にお願いしてあったことがあった。霜田さんの、制服姿のきちっとした写真だ。 「あのー、覚えてます? 写真の件」 「あー、そういやあ、ポッケに。はい、沙織ちゃん」 「うわあー、働く男! って感じですね! いただいちゃっていいんですか?」 「もちろん」 紅電の電車を先頭にして、白手袋で敬礼している、制服姿の霜田さんだ……。うわー、どうしよう、どうしよう! 「ありがとうございます! お礼に、ケーキどうぞ! 好きなもの一個どうぞ」 「じゃあ、モンブランにするよ」 こうして、わたし、高槻沙織は、今日何の勉強をしたのか、すっかり忘れてしまっていたのでした。本末転倒ですね。はー、敷女に受かるかなあ……。
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