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「ママ、行ってきまーす」
四年生になった娘は、玄関から、桜の花びらが舞う通りに駆け足でいった。
「いってらっしゃい」私は日差しが少しまぶしい通りに目をやり、娘を見送る。
いつもと変わらない、通常の毎日。そう、これが幸せ。
掃除機にスイッチを入れる。主人が読みかけていたスポーツ新聞を閉じようとしたその先に、「セブンスターズのメンバー、ショック!岩木龍之介脱退!」と大きなゴシック体で書かれた文字が目に入る。
しばらくその文字をじっとみる。そして、記事にある笑顔の岩木くんを見つめる。
私は掃除機をかけながら、「あの日」のことを想いだす。
「あの日」は朝から雨だった。
玄関から見る桜の並木道は三分咲き、といったところだ。
はーとため息をつく。
前日は夏日というほど暖かかったから、明日は絶対に赤の薄手のワンピースを着る!と用意していたのに。
うーん、と少し悩んだけれど、ワンピースの上に落ち着いたピンクのショールを羽織ればいけるかなー。
全身が映った鏡をみて、私は一言「よし!」と言い、今週末には桜は満開になる予定です、その言葉を遮るようにテレビのスイッチをきる。
今日は大学時代の友人と久し振りに会う。六本木だ。
街に負けないように、今日は絶対にお気に入りの赤のワンピースを着たかった。
関東の田舎に住む私にしたら、東京だけでもドキドキするのに、六本木なんて迷子にならないか、本当に不安になる。
電車に乗り継ぎ、なんとか駅に降り立ち、待ち合わせ場所をさがす。
うーん、全然、全然、わからない!スマホもある、ラインもやっている、グーグルマップも起動すればいい、のはわかってるのだが、やっぱり、人に聞いてしまう。48歳だ。仕方ない。
すみません、あの六本木ヒルズってどう行けばいいですか?
若い人だったら知っているに違いない、申し訳ないと思いつつ、おばちゃん根性をだし、歩いている後ろ姿がカッコいい男性に尋ねる。
その男性は、マスクにサングラス。そっか、花粉症かー。大変だー。今年は花粉多いってゆうもんね。
ここを出て右に行けば、、ゴホッつ
だ、大丈夫ですか?
大丈夫です。僕も用事ありますから一緒に行きましょう。
え?いいんですか?ありがとうございます。
背の高い青年の2、3歩後ろを歩く、
青年からとてもいい匂いがする。
いつも家で旦那の加齢臭を消すファーブリーズの匂いじゃない。
そう、昔、独身のころ、デパートの香水売り場で嗅いだ、外国製の香水の香り。
それにしてもきれいな横顔だなー。
あ、あ、あ、あ、あ、あ、あれ?
もしかして?????
岩木龍之介????
気づいた頃には、もう六本木ヒルズ。
綺麗な横顔がこちらを向く。
「赤のワンピース、似合ってねー。ぷっ」
彼はそう言い、六本木ヒルズのビル群に向かって歩いて行った。
私はショーウインドウに映った太った自分をみて、ただボー然としていた。
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