不運

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不運

今から70年と少し前の11月24日、この土地には炎の雨が降った。 僕は恋人を連れて、触れずとも熱を感じさせて降りそそぐ雨水を避けながら走った。 たしか、あの階段を登ったところにある神社に、防空壕があったはずだ。そこに逃げ込もう。 そう、思っていた。 こんな非常時だというのに、タイミングが悪く、準備に時間をとられてしまい、僕たちの避難は大幅に遅れていた。周りにはひとは見当たらない。もう避難したのだろうか。そうであって欲しい。 まとわりつく汗と熱気が、焦燥を際立たせる。目元の黒子を掻く。体力のない彼女の手を引いて登る階段は、いつ出兵になってもいいように普段から鍛えていた僕でもなかなか辛いものがあった。 やっとのことで階段を登りきった僕たちがその場に崩れ落ちたのは、なにも階段で疲れたからではない。 防空壕が、壊れていた。 雨水の一滴が、入口付近に直撃したらしい。瓦礫で埋もれた防空壕の傍らで、枝が半分ほど焼け焦げた桜の樹だけが生命を感じさせていた。 中の人たちは無事だろうか。無事だとして、助けが来るまでに、密閉された暗い空間で、どれだけが生きて帰れるだろうか。 「とにかくどこかに身を隠さないと」 焦りから早口になる僕の言葉に応じて、彼女は神社の社の下に入る。木造建築がどこまであの雨水に耐えられるかわからないけれど、ほかに思いつかなかった。 「瓦礫をどかせないか、試してくる」 僕はそう言って、袖を掴んで首を振る彼女を社の下に残して、崩れた防空壕の瓦礫をどかし始めた。 やはり木造建築で火の雨を防ぐのは厳しいだろうし、何より防空壕の中の人たちが気がかりだった。焦りでじっとしていられなかったのもある。 瓦礫をどかし始めてまもなく、僕の頭上に雨水が落ちた。
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