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『椎名はもう課題の料理を仕上げたのか、早いな。さすが老舗旅館の娘。』
私は私であり家は関係ない。私の料理を見てほしい。などといった欲求はない。なぜなら私の皿は父の皿の猿真似なのだから。そんなことを考えながら味見をする先生を眺めている。先生は繊細な仕事をしそうな外見とは裏腹に強い味、香りを武器にした豪快な皿を作り上げる。先生の作るローストビーフは特に格別で普通ならオリーブオイルでゆっくり火を入れるところを炭火で炙った後ローズマリーと一緒にオーブンで仕上げるといった独特の調理肯定に変えることで臭みを消しうまみを引き出す強い香りをうまく素材に付加させていくような料理人で、いい意味で期待をことごとく裏切ってきた先生だが、私の皿を味見するときはやはり予想通りの答えが待っている。
『うん、やっぱり優しい味だ。』
……優しい味とは何を指しているのだろうか。私は以前テレビ番組のレポーターの裏話を聞いたことがあり、素直にその言葉を喜べなくなっていた。薄味には優しい味、まずければ独特な味、臭ければ、刺激的な香り。確かにその通り伝えているのだが、ニュアンスが全然違う。まるで、詐欺ではないかと心の中で何度もつぶやき、私も良く優しい味と言われることを思い出し憂鬱な気分となり、今でも優しい味と言われると本当の意味を勘ぐってしまい何も喜べなくなってしまった。
それってどんな味ですか、そう聞ければ一番いいのだろうがそんな度胸は私にはない。薄いと面と向かって言われてしまえば心が折れてしまうかもしれないからだ。
『ありがとうございます。』
とりあえず、簡単に返答し、残った分を自分で食べる。私はこれで美味しいと思っているけれど、本当はどうなんだろう。そんなことを考えながら食べると味が分からなくなっていくので、食べるときだけは無心でいようと努めている。
努めていなければ無心でいられないというのは無心になれていないということと同義なわけで、私はどんどん憂鬱になっていく。
ただ、本当の意味で無心になれる時間が少なからずある。
包丁を研ぐとき、お風呂に入っているとき、お酒を飲んでいるとき……数は少ないが無心になれることがあってよかったと常々思う。
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