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「す、すみません、あの、これ……!」
廊下を曲がってすぐ声をかけると、立ちどまった先輩がゆっくりふり向いた。
はじめてまともに見た顔は、いきなり呼びとめられたのに驚くわけでもなく、あいかわらず無表情。
それにひきかえ心臓が破れそうなほど激しく鳴っているわたしは、全身に変な汗をかいていた。こんなに近くで、印象的な切れ長の目にじっと見つめられたら、どうしたってそうなる。
「よよ、よかったら、はんぶんこ、しません、か」
それでも先輩をお昼抜きにさせるわけにはいかない一心で、勇気をふり絞った、けれど……。
わたしの手にある、ぷっくりした半月型に目を落とした先輩は、表情を動かさないまま。小さく首を横にふってくるりと向きなおすと、ふたたび淀みなく歩いていってしまった。
教室に戻り、鬼甘をほおばる。食がすすまないのは、呼び名どおりの鬼のような甘ったるさのせいだけじゃない。
(最悪。なんであんなことしちゃったんだろう)
先輩が去ったのは学食の方角。鬼甘を食べるくらいなら苦手な学食を選んで……いや、そもそも先輩は、学食を嫌っても避けてもいなかったのかもしれない。
わたしと違って、クラスの人に頼りにされることがあるくらいなんだから。
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