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心咲と同棲するようになってから数ヶ月。
俺と心咲は手を繋いで、桜の咲く河川敷を歩いていた。
「綺麗…。」
桜を見上げながら、心咲はぽつりと呟く。
あの「泊めて。」から俺たちは一緒に住むようになった。心咲は意外とわがままで、思った通りの甘えん坊で、そして泣き虫だった。
ふと俺の口からあくびが漏れる。
「…ほわ…。ああ、うんそうだな。」
心咲は少し拗ねたような表情で俺を見る。
「眠いの?」
「ああいや、大丈夫だよ。」
眠いは眠いが、実際大丈夫だった。納得いかなそうな心咲を連れて、桜の木の下の坂に腰掛ける。心咲も隣に座る。俺はそのまま坂に寝転がった。一心に咲いた桜の花は青い空に透けて、淡い桃色に輝いていた。心地よい風が吹き、桜の花と、横に居る心咲の髪が少し揺れる。幸せだった。
「綺麗だな…。」
綺麗だった。それはとても綺麗だったー。
ふと手をぎゅっと握られ、俺ははっとした。
ーあれ…。何してたっけ…。
俺は体を起こす。辺りは茜色で少し暗くなっていた。横を見る。膝を抱え、ぶすっと完全に拗ねきった心咲の横顔があった。
「あれ…。ごめん…。」
「ずっと寝てた。」
そのままの表情で心咲は呟く。
「ほんとごめん…。起こしてくれても…、」
「起きなかったの。」
ずっと拗ねた表情の心咲に、俺はやれやれと思いながらも謝る。
「ごめんな。」
実際こんな遅くまで寝てしまったのは俺な訳で。謝りながら、視線を心咲から前の川に向けた時だった。
「…ねぇ。」
心咲が言った。拗ねた声じゃない。悲しい声だった。俺は心咲へと視線を戻す。心咲は川を見ていた。
「わたしの事、好き?」
「好きだよ。」
俺は答える。心咲の声は変わらなかった。
「…わたしと居て、幸せ?…わたし迷惑かけてない?傷付けてない?無理、させてない…?」
ーなんだよそれ…。
そうムッとして言いそうになった言葉を、俺は飲み込んだ。なにかの違和感を感じて。
「…最近わたしわがまま過ぎたかなって。夜中に寂しいって起こしたり、泣いてたらいつも傍で起きてくれてるし…。わたし甘え過ぎてたかな。あまり寝てないの知ってるのに、起こせないよ…。」
…起きなかったんじゃない。心咲は俺を起こさなかったんだ。
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