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俺はあまり来たくはなかった。それでも目は背けてはいけない…。そう思っていても辛かった。桜の木の下に、俺はそっと花を立て掛ける。風が吹き少し花弁が舞った。久しぶりに目をあげる。高めのビルのすぐ側に植わっていた桜は綺麗に咲いていた。
ーあそこから、落ちたのか…。
どんな思いだったろう。どうして俺を起こさなかったんだろう。どうして俺は起きておかなかったんだろう。どうして…。どうして…。どうして……。
心咲はここで身を投げた。目に入る総てが現実では無いことを祈った。悪夢だった方がどんなにいいかと願った。でも、それは変わることの無い全くの現実で。
…あれから俺のグチャグチャな感情はずっと消えなかった。
その夜、俺は一人ベッドに腰掛けていた。手にはケースに入った心咲への指輪。心咲が居なくなる前夜買ったものだ。俺が遅くなった本当の理由はこれを買っていたから…。そして仕事が忙しかったのはこれを買うためだった。それを伝える前に、彼女は消えた。
心咲の気配がどうしても欲しくて、心咲とのLINEを読み返す。いろいろ忘れていた事がその文字から甦った。記憶なんていい加減だ。どんなに覚えているつもりでも、俺はこんなに忘れてたなんて…。自嘲気味に俺は少し笑う。それでも、印象深い一言で俺の指は止まった。
ー「ごめん…、家行ってもいい?」
本当の彼女を知ったのはここからだった。これが全部の始まり。…ふと俺は思い立ち、心咲のスマホを手に取る。そして電源をいれた。パスワード画面。心咲はスマホを見られるのを嫌がった。理由は恥ずかしいからと答えたのを覚えている。まさかパスワードまでかけてるとは心咲が居なくなるまで知らなかったけれど…。俺はゆっくり、あのLINEが届いた日付を入力する。…すんなり開いた。
「開いた…。」
つい口から出るほどにすんなりと。俺は次から開けるのが面倒だと思い、まずパスワードそのものを解除する。そして少しの罪悪感を感じながらも心咲のスマホの中を見ていた。特に何もなかった。俺との写真だったり、桜の写真だったり。そして思った以上に俺以外の人との接点が余り無かった。
ー何が恥ずかしかったんだろう。
そう疑問を持った時、見慣れないアプリが一つあるのを見つけた。少し怯えながらもそれをタップする。少しして立ち上がった。
「……。」
ー日記…。
短い文で纏められた、心咲の記憶たちだった。
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