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俺は桜が嫌いだ。
怒り、悲しみ、悔しさ、虚しさ。
その総てが襲うから。
桜が咲き始めた川の横の道はいつになく賑やかで、それを眺める人たちの歩みは自然と少し緩くなる。俺はそれを掻き分けながら歩く足を早める。
「今年も綺麗に咲いたなぁ。」
ーんなもん知るかよ。
「素敵ねぇ。」
ーだからなんだってんだ。
耳から容赦なく入る見知らぬ人の声に心の中で文句をたれながら、俺は帰路を急いだ。桜が見えなくなった家に続く階段で歩みを止め、俺はふと太陽を見る。日はほとんど沈み、藍色の闇に少しだけ茜が混じっていた。
「ただいま。」
ーガチャンッ。
ドアの閉まる音だけが響く。ほぼ暗闇の部屋に上がり、鞄をいつものところに置き、低いベッドに腰掛ける。
「ふぅ…。」
短い溜め息をつきながら、俺は目を向けた。額縁に入れられ飾られている彼女の写真は、少し微笑んでいた。少し照れ臭そうな、そして少し迷惑そうな笑顔。
「…っ!…逢いてぇよ…心咲…。」
彼女は、死んだ。
桜の木の下で。
自ら命を絶って。
俺は桜が嫌いだ。
怒り、悲しみ、悔しさ、虚しさ、
その他総ての感情が俺を襲い、グチャグチャになるから。
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