一、日常(前)

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俺は桜が嫌いだ。 怒り、悲しみ、悔しさ、虚しさ。 その総てが襲うから。 桜が咲き始めた川の横の道はいつになく賑やかで、それを眺める人たちの歩みは自然と少し緩くなる。俺はそれを掻き分けながら歩く足を早める。 「今年も綺麗に咲いたなぁ。」 ーんなもん知るかよ。 「素敵ねぇ。」 ーだからなんだってんだ。 耳から容赦なく入る見知らぬ人の声に心の中で文句をたれながら、俺は帰路を急いだ。桜が見えなくなった家に続く階段で歩みを止め、俺はふと太陽を見る。日はほとんど沈み、藍色の闇に少しだけ茜が混じっていた。 「ただいま。」 ーガチャンッ。 ドアの閉まる音だけが響く。ほぼ暗闇の部屋に上がり、鞄をいつものところに置き、低いベッドに腰掛ける。 「ふぅ…。」 短い溜め息をつきながら、俺は目を向けた。額縁に入れられ飾られている彼女の写真は、少し微笑んでいた。少し照れ臭そうな、そして少し迷惑そうな笑顔。 「…っ!…逢いてぇよ…心咲(みさ)…。」 彼女は、死んだ。 桜の木の下で。 自ら命を絶って。 俺は桜が嫌いだ。 怒り、悲しみ、悔しさ、虚しさ、 その他総ての感情が俺を襲い、グチャグチャになるから。
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