二、回想(前)

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少し落ち着いた彼女を中に入れた俺は、なんとなくココアを淹れていた。凍えてそうだから…、という俺にもよく分からない安易な発想からだ。 「突然…、ごめんねっ。」 言葉のない時間を破ったのは、彼女、心咲(みさ)の方だった。涙もまだ残る目を上げて、無理矢理の笑顔をして俺に顔を向ける。鈍い俺でも作り笑顔と分かる程の顔。 「…おう。あぁいや…んー…。」 ココアを渡しながら、どう言えばいいか分からず俺は頭を掻く。心咲はそっとココアを受け取った。どうしても心咲に無理をして欲しくないと思った俺は、こう言っていた。 「別に、無理矢理笑わなくていい。んー何か上手く言えんけど、心咲は心咲でいい。泣きたい時は泣いたらいい。俺は…、まぁ邪魔じゃなきゃ傍におるよ。」 「…何それ…」 心咲はふふっと笑った。凄く自然な笑顔で、俺は心底ほっとした。また心咲は目に涙を浮かべながらも、ココアに口をつけた。 「あったかい…」 ぽつり、そしてまたぽつりと心咲は話をしてくれた。 同棲の彼氏の暴力から逃げてきた話。 子供の時に受けた虐待の話。 今の心咲には無関心な身体目的の彼氏の話。 心の病気で心療内科に行っている話。 俺が今まで生きてきて、知りも見てもいなかった世界に心咲は生きていた。必死に生きていた。途方もなく巨大な絶望に、必死に小さく抗いながら生きていた。体も心も摩耗し絶望に砕かれた彼女の目は、もう死を見つめているようで…。時折あの、空虚の瞳が彼女の目に宿るのが見えた。話を聴きながら俺は苦しかった。悲しかった。胸を掴まれる感覚はこういうのかと思った。でも、耳を塞いではいけないとも思った。俺の自分勝手で、彼女の心から目を逸らしてはいけないと。
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