二、回想(前)

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すーすーと、彼女の寝息が聴こえる。 ー泣き疲れたんかな…。 そんなことを思い、俺は天井を見つめていた。俺は彼女から聴いた話を反芻していた。全部覚えるのは無理である事は分かっているけれど、少しでも多く自分の心に残したかった。どんなに辛い事でも、彼女の見た景色を少し垣間見たかった。徐々にカーテンから漏れる光が多くなっている事にも気付かず考えていると、不意に静寂が破られる。 ーピピピッ! ーあ、やべ…。 目覚ましが鳴り響き、俺は咄嗟にすぐ止める。彼女に視線を向けると、何も変わらず寝ている彼女がいた。ほっとしながらも頭に疑問がよぎる。 ー今日心咲予定とかあんのかな…。 予定などは聴いていないし、もちろん俺は心咲の予定を知らない。疲れてると思うから寝かせておこうと思っていたが、起こした方が逆にいいのだろうか…。何回か自分の頭の中で押し問答を繰り返し、結局俺はそのまま寝かせておくことにした。 朝食を二人分作り、あと一応と思って彼女分の昼食を軽く作る。俺の分はまぁ、適当に買えばいい。朝食を軽く押し込みながら食べ、彼女の朝食前に書き置きを残し、俺はそっと仕事に出掛けた。 ー「仕事行ってくる。朝食と…、あと昼飯もあるからよかったら食べて。」 …もちろん仕事には遅れたが、その事はずっと心咲には言わなかった。 その夜、少し帰るのが遅くなった俺はいつも通り玄関の鍵を開け戸を閉じる。暗い部屋の中、壁にあるスイッチを少し探し、電気をつけた。 「おかえり。」 いきなり響く声に俺は驚く。心咲がいた。さすがに俺でもこれは心臓に悪い。 「!お、おう、ただいま。」 何となく様子が変な心咲が気になりながらも、俺はいつもの場所に鞄を置く。 「帰ってるかと思ったけど…、てか電気ぐらいつけていいよ。」 そもそもびびる、と言おうとしてやめた。 「…うん、ごめんね。さすがにそろそろ帰るよ。」 心咲はそう言いながら、さりげなく捲っていた袖をおろす。何かが見えた気がした。心咲はあの、いつもの笑顔を浮かべて俺を見る。自然と俺の手は心咲の手に伸びていた。
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