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「やめて。」
鋭く冷たい心咲の声が響く。気付いた時には伸ばした手は弾かれていた。拒絶。俺は一瞬迷ったが、それでも手をまた伸ばした。
「やめてっ。」
また手を払われる。
「いや、そうじゃなー」
「やめてっ!!」
悲痛に心咲は叫ぶ。俺はどうしたらいいか分からなかったが、それでもまた手を伸ばした。今度はゆっくりと、両手で。
「そうじゃない…。」
手を振り払われ…なかった。そっと心咲のその手を両手で包む。どこまでも冷たかった。
「…らい…。」
彼女は呟く。俺は彼女のその手を少し撫でる。
「…きらい、きらいきらいきらいきらいっ!」
彼女は何度も言った。赤い何かが見えて、俺はそっと彼女の袖を少しまくる。
「…きらい…、きらい…、に…、ならないで…っ。」
心咲はぼろぼろと痛そうに泣く。彼女の腕は、青い痣と、無数の切り傷の痕と、赤い血が滲む傷が刻まれていた。……何も、言えなかった。痛かった。心に刃物をブスリと刺された、そんな痛さだった。俺の視界が滲む。
「…痛かったろ…。」
そんな言葉がついて出た。
「…ううん。意外と痛くないんだよ。スッて切れてー」
「いやそうじゃなくて!」
大きな声を出した俺に彼女は少しびくっとする。
「あぁ…、ごめん…。」
俺は彼女の腕をゆっくり、そっと撫でる。傷痕ひとつひとつをなぞる様に。
「ここじゃなくて…、…心…痛かったろ…。」
彼女の心の傷がそこに在った気がした。きっとこの傷も彼女の心のほんの一部なのだろう…。俺は泣いていた。俺は彼女に顔を向ける。彼女はびっくりしていた。そして少し困ったようなそんな表情。 少し時がたって、不意に彼女はふっと笑った。
「…変なの。へんだよ。」
「え?」
そのまま彼女はくすくすと笑う。
「泣き顔、へん。」
「…ちょ、おま…!」
俺は我に帰り、慌て涙を腕で拭った。変わらず笑う彼女の顔に少しの笑窪が覗く。嬉しかった。嬉し涙が出た。そして何より、可愛かった。その笑顔につられて、俺も笑っていた。
三日後ー。
俺は部屋に一人でスマホをいじっていた。不意に玄関のチャイムが鳴る。重い腰をあげ、玄関の戸を開ける。
「……。」
「……。」
心咲が立っていた。無言で暫し見つめ合う。
ー連絡…無かったよな…。
心咲の目は、陰りはあるけれど何かを決めたような、そんな少しの光を含んでいた。
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