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「和泉ぃ。おとといの七夕の劇なんだけどさ~。児童館でなかなかの好評でね~。和泉の人形、来年もつかいたいから、児童館で保管したいって言われたんだけど、いい?」
誠の二重のくりくりの目が、あたしをのぞきこんできた。
「いいよ! もともと、誠にあげるつもりでつくったんだもん!」
「ホントっ!? ありがと~!」
誠はあたしのカレシ。六月のお祭りのときに告白されてから、つきあってる。
「あ! 有香ちゃんっ!! おはよ~」
あたしは、昇降口にかけこんだ。
くつだなに敷かれたすのこを踏む、生徒たちの足音がひびいている。
生徒たちの頭、頭、頭。すれちがう紺色の制服たち。
おんなじ一年のクラスメイトたちに「おはよ~」って言いながら、あたしはローファーをぬいで、自分のくつだなから、うわばきを取り出した。
肩の右横を、背の高い男子の腕が通り抜けた。
「おはよ~」って言いかけた口を、あたし、あわてて閉じる。
おとなの男の人並みに背が高い。痩せた手足。運動神経はいいくせに、部活に入ってないから、日に焼けなくて色白で。
琥珀色の髪がさらさらとゆれながら、遠ざかっていく。
……ヨウちゃん。
ヨウちゃんはだれにも「おはよう」って言わない。
一度も口を開いたことなんかないみたいに。声なんか、小学生のころに封印しちゃったみたいに。
琥珀色の冷めた目のまま、中央階段をのぼっていく。
ヨウちゃんはハーフ。亡くなったお父さんはイギリス人。
あたしたちは……運命共同体。
ざわつく生徒たちの中で、あたしとおんなじように立ちどまって、階段を見あげている男子に気づいた。
誠……。
どうしたんだろう。さっきまでの笑いを消して。重い目でヨウちゃんの背中を見つめてる。
そうだ……。あたし、決めてたんだ。
ねんざが治ったら、誠に言うって……。
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