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桜の木の下に死体が埋まっていないか調べようぜ。
放課後、帰り支度を整えた樹論儀(じゅろんぎ)の開口一番は、雅厨譚(がずたん)が予想していた言葉と一言一句違わなかった。本日最後の授業で取り扱った古典文学に触発されたのだ。
「さ、とっとと帰るぞ」
樹論儀は雅厨譚の肩に手を回す。ウニのように尖った赤い髪が雅厨譚の頬に突き刺さった。
言葉を予想していたからといって、雅厨譚がそれに対する適切な断り文句まで返せるかというのはまた別の話だ。練習の成果が実戦で存分に活きないように、雅厨譚が用意していた断り文句の数々は全て唇の内側で消滅してしまった。代わりに出てきたのは小さな溜息。気弱な彼に樹論儀の誘いを断る勇気はない。
「さ、桜って、うちの?」
雅厨譚の家の庭には樹齢100年ほどの立派な桜の大木が1本、庭の主のようにして堂々立っている。1週間前辺りからぽつぽつと淡いピンクの花びらが起き出し始め、昨日満開したばかりだった。
「当たり前だろ。他にどこに桜があるんだよ」
「ま、まあそれもそうだけど.....」
「おら。早く準備しやがれ」
樹論儀に背中を突かれ、雅厨譚は慌ててバッグに電子端末や弁当箱を詰めこんでいく。鼻先までずれてきた五角形の眼鏡を掛け直し、雅厨譚はおどおどと樹論儀に向き直った。
「よし。行くか」
言うが早く樹論儀は大股で教室を出て行く。雅厨譚は転げそうになりながら、まるで従者のように彼の背後をついていった。
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