命の落とし物

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「そうか。でもなんでまた死ぬなんて思ったの」  「今まで生きていくことだけで精いっぱいだったから、将来の希望なんてものもないし、これからも生きていくことだけに追われる人生なら、いつ死んでも同じかと思って」  「将来の希望、か。もし、そんなに将来に希望を持たない君が命を差し出すことで、誰かの将来に可能性の明かりが灯るとしたら、君はどうする?」  秀平は空になったマグカップを両手で持っていじりながら言った。仕草の可愛らしさとは反対に、言葉にはやけに重みがあった。  「タダで、とかいう話じゃない。なるべく君が望む楽しい余生を過ごしてもらってから命をもらうということは保障される。そしてその後、君は晴れて死ねる。同時に誰かは明日を生きるチケットを手に入れられる。どうかな」  秀平の言う「誰か」が秀平自身のことであることは安易にわかっていた。秀平は私の命が欲しいらしい。それは出会ったころから言っていたことなのでわかる。しかし、その道筋がわからないでいた。私はどうやって彼に命を差し出せばいいのだろうか。  うまく答えられずに沈黙を貫く私に彼は、またあの時と同じ言葉を私に言った。  「その命、捨てたいなら僕が拾う。だから僕にくれないか」  その声は低いが綺麗に通る声で、喫茶店の雑音たちを潜り抜けて私の鼓膜を力強く震わせた。  「やるって言っても、どうやって」  「実は僕、病気なんだ。何年もの間、毎日、明日が来ないかもしれない中今日まで生きてきた。そして昨日、幸に会った」  秀平は心筋症という心臓の病を患っていた。秀平の症状は重く、薬などを試したがどれもうまくいかず、臓器移植の選択を迫られていたところに私と出会ったというのだ。
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