命の落とし物

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 靴下だけになった足で、私はフェンスによじ登り外側に出た。普段なら真っ白い靴下の裏がたちまちに真っ黒になった。そんな足の裏をしばらく見つめていると、私はひょっとすると何かを埋めたかっただけなのかもしれない。もしくは何かを塗り潰したかっただけのかもしれない。そう思えてきた。どんなものをどんな手段でそれをすればいいのかはわからないが、現に真っ黒になった靴下の裏を見て哄笑する私の心の声が聞こえている。そして、それはやがて心の中だけに留まることができなくなり、僅かな微笑みとため息のような吐息として外に溢れた。しかし、たったそれだけのことだった。それが私の中のわだかまりを解かすことはなかった。唯一ひとつだけ影響したことがあるとするならば、私が空を飛ぶフライトの時刻が数十秒遅れたくらいのこと。本当に何の問題にもならない、ちっぽけな、ちっぽけな、今更気付いても気休めにすらならない発見だった。  屋上の縁に立ち、黒いゴムできっちり結んだ髪をほどく。肩甲骨ほどまで伸びた髪が風に乗って泳いでいる。空は澄んだスカイブルーで汚れのない真っ白な雲が程よく散りばめられていた。今日が日常となんら変わらない普通の日だったなら、これほどまでに気持ちよく感じる天気はきっとないだろう。惜しむべき点は今日にそんなことを楽しむ余裕がないことと、楽しんだところでもうどうにもならないことだ。今、ここで青空という自然の作り出す芸術に心を躍らせたとして、そして仮にも元気というものをもらったとして、それでも私はそのもらったパワーを次に繋げていくだけの体力がもうない。気力もない。そしてもっと言えば、私の心はもはや「綺麗な空」という青春ドラマでは欠かせないエネルギー源に対して、興味が示せないほどに衰弱しきっている。
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