命の落とし物

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その次の日、私は律儀にも昨日の名も知らない男の子に貰った番号に連絡をしていた。電話は三回のコール音の後、すぐに繋がった。  「もしもし」   電話越しに昨日のあの声がしたことに私は安心して話だした。  「もしもし、昨日の、何て言えばいいんだろう。ほら、昨日会ったじゃん」  「ああ、死のうとしていた子か。本当に連絡くれるなんて真面目な子なんだね」  男の子の静かに笑う音声が耳を微かにくすぐったその直後から私は非常に腹立たしい気持ちになった。  「昨日はよくも私の邪魔をしてくれたね」  「邪魔されたと思うなら、なんで僕が帰った後飛ばなかったの?」  「それは、昨日『明日連絡くれ』って言われたから」  「ほら、やっぱり真面目」  またもや静かに笑う男の子の声は透き通るように上品でどこか余裕だった。男の子はしばらく笑ったあと、「じゃあさ、今日も『明日連絡くれ』って言ったら、明日まで生きてくれるの?」と挑戦するような声で問いかけてきた。  「私も馬鹿じゃないんだから次は聞かない」  「じゃあ、明日は会いに来て。君の命をくれるって言ったよね」    男の子は「駅前の喫茶店に15時に来て」と言ったあと一方的に電話を切った。《君の命をくれるって言ったよね》という彼の言葉が、どこか不気味にずっと脳内を巡っていた。  という経緯を得て、今私は駅前の喫茶店で彼と対峙している。  私はメロンフロートを注文し、彼はクリームの乗ったココアを注文していた。ここまで沈黙を守っていた彼だが、ココアが席に到着し、クリームをスプーンで一周かき混ぜたところで「ねえ、名前、なんていうの」と、目も合わさずに聞いてきた。  「幸。香野幸(こうのさち)。香る野原で香野、幸せで幸」  私の簡潔な回答に、「ふうん」と興味なさそうに相槌を打ちながら「僕は東出秀平(ひがしでしゅうへい)」と名前を名乗った。  「幸せって名前なのに死にたくなるなんて、世の中不条理だ」  秀平はココアを上品に飲みながら、嘲笑うように言った。  
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