2.堤 雅久《がく》

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2.堤 雅久《がく》

 『OK。今日の七時に、マロニエね』  通知音に気付いてスマートフォンを確認したら、そう返信があった。会えないか、とメッセージを送ったのは昨日の昼前だった。すぐに既読にはなっていたのに返事だけがなく、諦めかけたところの承諾だ。もともと入っていた用事がキャンセルになったか、はたまた同情か。なんにせよ乗り気でないことは確かだが、約束を取り付けたことに安堵してベッドから下りた。  朝起きてすぐに一杯の水を飲み、軽くストレッチをするのが堤雅久(つつみがく)の日課だ。カーテンを開け放して日光を浴びる。ザバザバと顔を洗い、気合を入れるように頬を叩いた。 「さ、今日も行きますか」  見てくれの悪い自作の握り飯とお茶を口に押し込み、軽快な足取りで家を出た。今日の生徒は誰だったかと思い浮かべながら車を走らせる。  雅久は、三年前からフィットネスクラブでパーソナルトレーナーとして働いている。昔からスポーツ全般が得意で、中高生時代は水泳選手として数々の大会で名を残したほどだ。将来はオリンピックに、という夢を抱かないこともなかったが、もともと面倒見のいい性格もあって、自分が前に出るより裏方で役に立ちたい気持ちのほうが強かった。高校卒業後は大学の体育学部でスポーツトレーナーとしての知識を学び、保健体育の教諭免許をはじめ、スポーツプログラマーやCSCS(※)、NSCA認定パーソナルトレーナーなどの資格を順調に取得し、卒業後は理学療法士の資格を取るために専門学校へ通った。スポーツ選手のサポートは勿論、基本的な体力づくりや身体的な問題を抱えたリハビリなど、マルチに指導している。まだ一人前とはいかないが、近々独立したいと考えている。 ※認定ストレングス&コンディショニングスペシャリスト
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