最終章

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 ただ歩いた。暖かくなってきたと言ってもまだ四月。夜は冷える。街灯や店の明かりがちらほら歩道を照らし出す。街の喧騒も遠退いて、田んぼや畑が暗闇に浮かぶ。  どこに向かうでもなく、ただ歩いた。何を考えたらいいかわからなかった。考えたくなかった。息が苦しい。胸が、締め付けられるみたいに。 「もっちゃん!」  走ってくる足音と共に聞こえたのは、聞き慣れない、でも、先程まで過去を笑い合って酒を飲み交わした男の声。それが誰なのかは、振り返らなくてもわかる。足音はすぐそこまで近付き、私の肩を掴んだ。 「待てや!」  肩を強く掴まれ後ろに引かれた弾みでよろけ、彼と向かい合う形になる。彼は荒く息をし、両手で私の腕を掴んだ。彼の表情はわからない。見たくない。 「ごめん。けど、聞いて」 「聞きたくない」  本当は、知りたいのに、聞きたいのに、聞きたくない。認めたくない。聞くのが怖い。真実を知るのが、認めるのが怖い。 「あいつが、慶太郎が、おまえにだけは知られたくないって」 「聞かないったら!!」  手を振り払おうと、腕を動かした。それでも、腕を掴む男の力には敵わず微動だにしなかった。こんなに、力のある人だったろうか。こんなに大きな手をしていただろうか。 「聞けよ!!」  こんなに男らしい声で、怒鳴る人だったろうか。 「とにかく、落ち着こう」  抵抗する気力も無くなった。黙っていると彼は私の肩を抱く様に、横道に入った。自販機の横にはバス停の待合室。彼はそこまで私を誘導すると座るように促し、少し距離を空けて彼も座った。  風は無く、待合室の中はほんの少し温かく感じた。自販機と、道の反対にある街灯が淡く灯っているおかげで、お互いの姿や表情は見てとれる。 「慶太郎が死んだのは、大学三年の九月やった」  彼は、静かに言葉を繋げていった。 「あいつ大学で、登山とか、サーフィンとか、ツーリングとか、アウトドアスポーツを中心に活動するサークルに入ってん。その日はツーリングで、県外の温泉街まで行く予定やった。俺は大学は違ったけど、慶太郎とはずっとつるんどったから、外部参加で誘われてて。けど、用事あって行かれんかった。昼過ぎに、二時くらいやったか、サークルの奴から俺に電話がきた。慶太郎が、病院搬送されたから、すぐ来てくれ言うて」  バイクの免許なんて持っていたのかと、そんなことを考えていた。
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