第一章

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 世間は、満開を告げる桜の情報で賑わい出したところだ。  アナウンサーや気象予報士からの花見情報に扇がれた花見客が、毎日毎日我先にと、次から次へと流れて行く。  学生時代は花見だなんだと出掛けては、出店で安くて美味しいものを食べ、友人達と騒ぎながら、それはそれは美しい並木道を並んで歩いた。この歳になった今では仕事の忙しさも相まって、行楽への気持ちも薄らいできているというのは、日本人としてあるまじきだろうか。  ゆっくりと空を見上げる余裕もない。実際は、それが本音だ。 「木元さん、今日参加するでしょ?」  隣のデスクで資料をまとめていた同僚が声をかけてきた。今この広くもない部屋には、私と彼しかいない。 「今日って? 何かあったっけ」  パソコンの作業をしながら、軽く記憶を遡る。院内研修はなかったはずだ。 「歓迎会だよ。今朝も主任が言ってたろ」 「あ! そうだったね。もちろん行くよ」 「だよねー! 木元さんが不参加な訳ないよね、大酒飲みだもん」  鹿生(ろくしょう)がクックと笑いを溢して、楽しみだなぁと続けた。大酒飲みは語弊がある。ただお酒が好きで、他の人より少し多く飲めるだけ。とは言っても、ここ何年かはいわゆる酔っぱらいになるほどまで、酔わなくなった。 「鹿生、あんたが私より先に飲み潰れたら、今日の会費私の分まで払ってくれるんでしょ?」 「もちのろんよー。負ける気がしないね今日は」  このノリと勝負好きは、私と良く似ていると思う。 「失礼します。木元さん、鈴木さんの御家族がお見えになりましたよ」  扉を軽くノックし、スタッフが顔を覗かせる。約束の時間十分前。早めに来て頂けると、こちらも余裕を持って対応が出来る。今日のところは順調に事が進みそうだ。 「はい。第一面談室空いてますよね? 今行くので、先にご案内お願いします」  わかりましたとスタッフが扉を閉める。私はパソコンでの作業に切りを付け、資料を持ってデスクを立った。
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