プロローグ

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 何気ない表情で仕事を進めながら、結城光也の心臓は壊れそうなほど高鳴っていた。  それもこれも、原因は隣に座る先輩社員の小峰和真だ。  同じ営業チームのメンバーが向かい合わせに座るデスクのなか、チームリーダーである小峰の席は結城のとなりだ。リーダーという立場であるが、気さくで話しやすい小峰は上司というより先輩という呼び方が似合う人物だ。性格、容姿、業務成績、全てにおいて好印象だった小峰と同じチームで働けることに小さな幸せを感じていられたのは、先週までの話だ。 (やっぱり、あんなの夢だったとしか思えない。いや、もう、お願いだから夢であって!)  信じられない感情が頭の中を埋め尽くし、顔だけは真面目にパソコンのディスプレイを見つめているのに、その実仕事は一向に進んでいない。すると、突然肩を叩かれた。 「ひっ、あ」 「そんなに驚かないでよ、結城。具合悪い?」 「あ、あの。大丈夫です。すみません」 「そう? もし体調悪いなら遠慮なく言ってくれよな」  優しい言葉をかけられているはずなのに、呼吸さえ止まりそうなほど全身がガチガチに緊張している。逃げるように視線を小峰からディスプレイに戻し、意味もなくキーボードを叩いているとデスクの隅に付箋紙が貼られた。書いてあるのは小峰の字だ。 『意識しすぎ。落ち着いてね』  少し右上がりの字で書かれた文字を目にして、申し訳なさに身が縮む。すると、もう一枚付箋紙が追加された。 『でも、意識してくれるのは嬉しいな。好きになってくれたら教えてくれよ』  そこに書かれてある文字に、顔から火が出るかと思った。事あるごとに先週の出来事が夢ではなかった事を実感させるのは、こういった小峰の行動だ。 (これ、本当にどうしたらいいんだよ……)  今にも決壊しそうな涙腺を堪え、結城は意味もなくキーボードを叩きながら、後悔の塊である先週の出来事を思い返していた。
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