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そうしてしばらく待っていると小春が晴明と一緒に入ってきた。晴明は音楽祭実行委員と言っていたし、きっと打ち合わせが終わってそのまま来たのだろう。小春は、
「ごめんねー、お待たせ」
と言いながらもすぐにはピアノには座らず、黒板の前の、少し段になっているところに座って、
「いや、でも合唱であの歌はないよ」
と笑いながら晴明と話している。
僕は二人の会話を邪魔しないように音は出さないで運指の練習に切り替えた。さっきまでとは違い音楽室には談笑する声が聞こえている。でも何故か僕はさっきの無音の時よりもさらに強い寂しさのようなものを感じていた。
「結多のクラスは何歌うの?」
と小春が聞いていた。
「去年流行ったオペラ映画の歌だよ」
「あぁ、あの曲ね。うちのクラスなんてJpopなんだよ。流行りの曲なんだろうけどわたしよく分からないしそういうの」
それを聞いて晴明が、
「流行りの曲が分からないとか、お前本当に女子高生か?」
とからかった。
「うっさいなー、わたしにはジャズがあるもんね」
と言ってようやく小春はピアノに座って弾きだした。なぜか小春は凄く速いテンポで弾くものだから僕は着いていくのに必死だった。しかしおかげで少し頭は冴えた気がした。曲が終わると小春はピアノの上に肘をついて僕に、
「どう?たまには速いのも良いっしょ?」
と言って笑いかけてきた。僕はなんだか小春に全てを見透かされているような気がした。
そのあとは今まで通り自由にセッションして、それから音楽祭でやる曲を練習して、気付いたら窓の外はすっかり夕日で真っ赤になっていた。
それまでずっと黙って練習を見ていた晴明は僕に、
「結多、今日も行くか?」
と聞いてきたけど、僕はなんだかそんな気分になれなかったから、
「ごめん、今日は親戚とご飯なんだ」
と咄嗟に思いついた嘘を言って、二人を残して帰った。
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