アジタートで叫んで

四

小春はそれから何も言わずにゆっくりとピアノを弾きだした。僕の好きな小春のピアノ。最近いつも晴明も聴いている小春のピアノ。なんでこんな時にそんなことを考えてしまうんだろう。僕はそんな思考をかき消すために、気付くとがむしゃらに吹いていた。

しばらく僕は夢中で吹いていた。どんなテクニックを使って演奏するか、どうすれば技術が向上するかなんてことは一切考えずに、ただ自己中心的に、自分のためだけに吹いた。どんなソロを吹いていたのかは全く覚えていなかった。ただ僕の頭の中には「何で？」「何で？」と姿の見えない疑問が靄のようにかかっていた。その疑問が何なのか、僕は知りたい。ここ最近毎日感じる苛立ちの正体を明かしたい。でも僕に出来ることは、
吹いて
吹いて
吹いて
吹くこと。音を、出し続けること。

僕はそれしかしてこなかったから。それしか方法を持っていないから。

それだけ夢中だったから、今日は小春が休憩と言わずにずっと弾き続けていたのに気付いたのはもう空が赤くなって、終業のチャイムが鳴ってからだった。僕も小春も額に薄っすらと汗をかいていた。