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すると小春は突然、
「うんんんんん、わあああああ!」
と伸びをしながら叫んだ。僕は驚いてしまって、咄嗟に声が出ず、しばらく経って、
「どうしたの?」
と聞いた。小春は、
「今日のセッション、今までで一番楽しかった!いやあ、熱い熱い」
とシャツの胸元をパタパタと扇ぎながら言った。
「……楽しかった?」
予想外の言葉に僕はまた驚いた。何が楽しかったのだろう。僕が好き勝手に吹いて、小春に迷惑かけたと思っていたのに。
「うん、結多の今日の演奏、良かったよ」
「そんなことないよ。僕、実は今日、というか最近ずっとなんだけど、なんかイライラしてて。あ、なんか理由があるとかじゃなくてね!ただ理由もなく、なんとなくイライラしてて。で、今日はなんか滅茶苦茶に吹いちゃったっていうか」
と僕は長々と言い訳のようなものを話してしまった。ハッとして、小春の方を見ると、彼女は真っ直ぐ僕を見ていた。そして僕が話し終わると小春は、
「ううん、それが良いんだよ。確かに今日の演奏は結多らしくない、滅茶苦茶なものだったけど、結多の感じてること、伝わってきた気がしたよ。私初めて結多の声、聞けた気がする」
と、今まで見たことないような笑顔を見せてきた。
「声……」
「うん、声」
僕は小春の声を聞いたことがあっただろうか。多分、ない。だって僕はいつも下を向いて吹いているから。小春のことを見たことがないのだから。
でも、その時、聞いてみたいと思った。小春の「声」を。
「もう少し、やっていかない?何か分かる気がするんだ」
すると小春はいつものからかうような笑顔になって、
「もう終業チャイムなってるぞー、不良だなあ」
と言ってから、
「良いよ、私も共犯者」と言ってピアノを弾きだした。
さっきのような感覚。流れに身を任せて気持ちの向くままに吹いていく。でもさっきと違うのは、今は自分のためだけに吹いているわけじゃないということ。今は、小春と僕、二人のために吹いている。
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