0人が本棚に入れています
本棚に追加
だから今日も僕はソロの間少し開けた窓からたまたま入ってきた桜の花びらが風に浮いたり床を滑ったりする様子をじっと見ていた。正直小春がどんな表情をして弾いているのか気にならないと言えば嘘になる。本当は彼女のことを見ていたい。でもこうして小春の演奏を聴いているとドキドキしてしまって結局見ることは出来なかった。そうして何曲か演奏し終わると小春が、
「あぁー疲れたっ!ちょっと休も」
と言ったので休憩することにして、小春は音楽室の少し段になっているところに腰掛けてお菓子を食べ始めていたんだけど、僕はそのまま音は出さずに運指の練習を続けた。そんな僕を見て、
「結多凄いね、ずっと練習してるよね」
と小春は言った。
「うん、上手くなりたいから」
「うっわー凄いなあ。私も上手くなりたいけど、楽しみたいって方が勝っちゃうなあ」
「全然凄くないよ」
と言いながら僕は小春の栗色でふわっとした髪の毛がなんだか春っぽいな、なんて全く関係のないことを考えていた。小春はいつも食べているお菓子を頬張りながら「んー、おいし」と笑っている。
「それ、いつも食べてるよね」
「うん、購買で、五十円。お気に入りなの。美味しいよ、食べてみる?」
と言って小春は僕の方にそのお菓子を差し出してきた。
「え、いいよ」
「あ、照れてるなあー?」
小春は僕の方に来て下から覗き込むように僕の顔を見た。栗色の髪の毛が小春の顔にかかっている。僕は別に照れていなかったけど、そう言われると何だか急に意識してしまって、
「こ、小春、口にチョコ付いてる……」
と早口で言ってしまって、余計に照れているようになってしまった。それを聞いて小春は、
「え、嘘」
と言って口を親指で拭うと「えへへ」と笑って、
「結多はわたしの顔ばっか見てるんだなあ」
と言ってピアノに戻った。
「そうやってすぐからかうんだから……」
と僕は抗議したが小春はまったく気にしてないようだった。
最初のコメントを投稿しよう!