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桜の木の下には死体が埋まっている。
死体の養分を吸っているからこそ、桜はあれほどまでに美しく妖艶に咲くのだという。
「きゃ―――」
初めて見る景色に、つい一昨日四歳になったばかりの沙奈が目を輝かせている。改札を出た瞬間に走り出す娘を、わたしは「沙奈っ」と諌めた。
行き先とはまったく別の方へと向かう沙奈を、夫の誠二が捕まえて抱き上げる。すると沙奈は急に大人しくなり、誠二の肩越しに風景を眺めるだけになった。
駅前の古びた商店街。シャッターの降りた店が立ち並ぶ。この町は記憶にあるよりもずっと寂れてしまった。
芦名田駅から徒歩十分。そこに、わたしが十八年間暮らした実家がある。とは言っても今は他人が買い取っているから、わたしに帰る家はない。思えばこの町に帰ってきたのは、中学校を卒業してまもなくの頃―――たった一人の肉親だった母が亡くなった時以来かもしれない。
今日は家族で母の墓参りに来たのだ。ずっとわたしが拒んでいたのを、ついに誠二が半ば無理やり連れ出すようにして来た。誠二はわたしがなぜこの町を嫌がるかを知らない。知ったらきっと、今のままではいられなくなる。
「ここはもう桜が咲き始めているんだな」
誠二の言葉に、わたしははっと顔を上げた。誠二の視線の先で、山の一角がほんのりと桃色に色づいているのが見えた。あれは、わたしが通っていた芦名田中学校の裏山の桜だ。
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