雨に沈む桜

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瞬間、沈めていたはずの記憶が、ふつふつと蘇ってきた。まるで静かな海の底から呼び起こすかのように、冷たい土の下から這い出すかのように。 十四歳、わたしの罪は桜の木の下から始まる。 * * * 学校の裏山を登れば、ベンチが一つだけ置かれた展望台がある。とは言っても歩道がほとんど整備されておらず、そのためか人が訪れるのを一度も見たことがない。 そこへ行くのがわたしの放課後の日課だった。ベンチの傍には一本の大きな桜の木が立っていて、わたしはいつもベンチに座ってぼんやりとそれを眺めていた。時にはそこで読書をして、時にはベンチに横たわり死んだように眠った。 その日も、わたしは学校を終えたあとで裏山を登っていた。少し肌寒くて、森の息遣いが聴こえてきそうなほどに静かな空間に、まだ咲いていない桜とわたしだけが存在している。わたしを受け入れるかのように、いっぱいに蕾をつけた枝がざわざわと揺れた。 わたしはふと、ベンチの上に白い便箋が置かれていることに気付いた。 風に飛ばされないよう重石を乗せたその手紙は、わたしに宛てたものだった。【(かしわ)()()()さんへ】と書かれたその手紙に、わたしは困惑しながらもそっと手を伸ばした。
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