雨に沈む桜

9/12
前へ
/12ページ
次へ
* * * 裏山の桜は、春を迎えて大きく咲き誇っていた。 この時を待ち侘びていたかのように、おそろしいほど美しく、鮮やかに。 桜の下には原田がいた。 茶色の髪の上にたくさんの桜の花びらを乗せ、その身体を風に弄ばせてくるくると回りながら。 「───ねえ」 原田の首にはロープが巻かれ、そしてそれは真っ直ぐに桜の木の枝へと繋がっていた。 風がびゅうと強く吹いて、無数の桜の花びらが舞い上がる。同時に原田の身体が振り子のようにゆらゆらと揺れた。 「あなた、」 原田は首を吊って死んでいた。 「わたしのこと、好きだったの」 差出人は原田だったのだ。 彼と一度もこの場所で鉢合わせなかったのは、彼が遅刻常習犯で、わたしが授業を受けている間に手紙を置いていたからだった。 桜の花びらがわたしの顔の横をすり抜けていく。吐き出したい言葉が喉の奥につかえて上手く話せない。 どうして─── どうして土屋をころしたの。 土屋が死んだ。昨夜駅前の居酒屋で飲んだ帰りに、歩道橋の階段から転げ落ちて頭を強打したのだという。 けれどわたしは土屋の死を素直に喜べなかった。転落死と聞いた時からずっと、なぜか胸がざわついていた。嫌な予感がしていた。 こんな結末は、誰も望んでいなかったのに。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加