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「お前、男と寝るの慣れてんの」
絶頂の後の虚脱感に身を任せて、余韻という言い訳のもとに、彼を抱きしめたりなんかしながらそう聞いた。消したばかりの煙草の煙は灰皿から頼りなく天井へ向かい、到底上にたどり着く前にふつりと消える。クロはもぞりと腕の中で身動ぎをして、顔を上げて、小さな唇を動かす。赤い舌が覗くから、本物の猫みたいだな、と思う。
「別に。経験値ゼロでもねーけど、慣れてもねー」
やる気のない物言いはすっかりいつものそれだった。嘘か本当かは敢えて追わないことにする。というよりも、多分俺たちには、これ以上近づく関係は必要ないのだと思った。
うとうとと眠そうなクロの髪を理由もなく梳いてやりながら、あぁ、大人になっていてよかったなと思う。高校生だとか大学生だとか、学生と名のつく年齢だったなら、自分はきっと盛大な勘違いをして、彼を欲しがったりしていただろうと思った。
クロとは、その後も時々寝るような関係になった。お互い身体の相性は良かったし、特定の相手を作るような主義でもなかったから丁度良かったというそれだけの理由で。時にはただ一緒に食事をしたり、酒を飲んだり、俺の車でドライブに行ったりもした。それは恋人だとかセフレだとかそういう高尚なものではなくて、言うなれば悪友に近いような、そんな関係だったと思う。連れ出す時はだいたいいつも無計画に、適当に、クロが喜びそうな場所に連れて行った。 クロは、何もないだだっ広い原っぱなんかも喜んだ。空に近いような場所、あるいは深い海のような場所や、広く星の輝くようなところに、クロの興味は向いているようだった。
時折、裸になったクロの身体に痣を見つけて、その度に俺はわざと少しだけ優しくクロの身体を扱った。クロはその度にやめろと言って、心底嫌そうな、怯えたような顔をする。優しくされるのは不安になる。ひどくされることの方が楽。痛みは分かりやすく実在を縫い付ける。そんなことを、拍子抜けするくらいいつも通りのトーンで、気怠げに吐いたりもしていた。「お前変わってんな」と言ったら、「お前もな」と言ってクロは笑う。ベッドサイドの灰皿には、俺とクロの好みの銘柄が増えていった。クロはメンソールを嫌う。それもまた猫じみているような気がして、なんとなく俺は気に入っていた。
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